第50話 決闘状!? ええ~っ行かないとだめ~っ!?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴161年 4月25日 昼 曇り』
春。ヴィンターグリュン王国は、穏やかな空気に満ちていた。
僕の息子、レオとフェリクスは日に日に大きくなり、最近では二人で声を上げて笑い合うようにもなった。そんな家族の姿を眺めながら、畑の隅で新しく植えたトマトの苗を世話するのが、僕の何よりの楽しみだった。
(平和だなあ……。やっぱり、こうでなくっちゃ)
だが、そんな僕のささやかな平穏は、帝都からの使者が届けた一通の書状によって、いとも簡単に打ち砕かれた。
送り主は、西方のヴェネディクト侯爵。商業都市国家連合と深い繋がりを持つ、油断ならぬ貴族だ。ヴァレリアが、重々しい雰囲気でその書状を読み上げる。
「『ヴィンターグリュン王ライル・フォン・ハーグへ。貴殿が、我が盟友たる商業都市国家連合に対し、非道なる武力侵攻を行い、その富を不当に奪い取った行いは、断じて許しがたい。よって、帝国の法と秩序の名の下、貴殿に軍隊同士による神聖なる決闘を申し込む』……」
書状には、ヴェネディクト侯爵がいかに正義の側にあり、僕たちがどれほど非道な略奪者であるかが、回りくどい言葉で長々と書き連ねられていた。
「そんな、向こうから売って来た喧嘩なのになぁ……」
僕が、思わずぼやくと、ヴァレリアは厳しい顔で続けた。
「……決闘の賭け金は、互いの都市。我らが敗れれば、この首都ハーグを。ヴェネディクト侯爵が敗れれば、西の交易都市フィオラヴァンテを、それぞれ勝者に明け渡す、と」
そして、彼女は書状の最後を示した。そこには、見慣れた、しかし今は憎々しくさえ思える、皇帝陛下の署名と印璽が、はっきりと記されていた。帝国が、この決闘を正式に認めた、という紛れもない証拠だ。
「……わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば」
僕たちは、戦う以外の選択肢を、最初から与えられていなかった。
数週間後。僕が率いる一万の『ブルーコート』軍は、決闘の地として定められた『審判の平原』に布陣していた。
平原の向こうには、銀と紫の格式高い鎧に身を包んだ、ヴェネディクト侯爵軍一万五千が、整然と隊列を組んでいる。その最前列は、人の背丈ほどもある巨大な塔盾で固められ、まるで鉄の城壁のようだった。
やがて、両軍の中央で旗が振られ、甲高いラッパの音が、開戦を告げた。
ズシン、ズシン、と地を揺らし、敵の重装歩兵が、巨大な盾の壁を押し立てながら、ゆっくりと前進してくる。
「……厄介ですね。あの盾では、銃撃の効果が薄いかもしれません」
ヴァレリアが、苦々しい表情で呟く。僕たちの銃兵たちが、わずかに動揺するのがわかった。
僕は、そんな鉄壁の備えを眺めながら、ふと、思いついたことをそのまま口にした。
「うーん、歩兵砲で、横から攻撃するといいと思うよ!」
僕の言葉に、ヴァレリアは一瞬きょとんとしたが、すぐにその意図を理解し、鋭く号令を飛ばした。
「歩兵砲隊、左右に展開! 敵前衛の側面を狙え! 撃て!」
アシュレイが開発したばかりの小型の『歩兵砲』が、軽快に戦場を駆け、敵軍の両翼へと回り込む。
ドゥン! ドゥン!
腹の底に響く轟音と共に、鉄の弾丸が、唸りを上げて敵の盾の壁に突き刺さった。
凄まじい衝撃音が、平原に響き渡る。巨大な盾は、砲弾の直撃を受け、まるで薄い板のように砕け散り、その背後にいた兵士たちを、木っ端と鉄片で薙ぎ払った。左右からの正確な砲撃に、あれほど強固に見えた鉄壁は、わずか数分で無残な穴だらけの壁へと変わり果てていた。
「な……側面からだと!?」
「盾が……! 盾が、もたない!」
敵陣から、悲鳴と混乱の声が上がる。
僕は、その好機を逃さなかった。
「――ブルーコート、前へ。撃て」
僕の冷たい命令を合図に、この国の、そしてこの時代の、本当の恐怖が牙を剥いた。
青い軍服に身を包んだ千人の第一列が、一斉に銃口を向ける。
ズガガガガガガッ!
千の銃声が、一つの雷鳴となって敵兵を打ちのめす。盾を失い、混乱に陥っていた彼らは、なすすべもなく、血飛沫を上げて倒れていった。
だが、悪夢は終わらない。
「次弾装填、後退! 第二列、前へ! 撃て!」
一糸乱れぬ動きで、兵士たちが入れ替わり、再び千の銃弾が、死の雨となって敵軍に降り注ぐ。
それは、もはや戦闘ではなかった。ただ、一方的な蹂躙。絶え間なく続く銃声と、硝煙の匂い、そして男たちの断末魔。ヴェネディクト侯爵が誇る精鋭たちは、自分たちの武勇も誇りも、何もかもが無意味であることを悟り、やがて武器を捨てて逃げ惑った。
勝負は、あまりにもあっけなく、ついた。
僕たちの、ヴィンターグリュン王国の圧勝だった。
この日、『審判の平原』で示されたブルーコート歩兵の圧倒的な力と、その恐るべき戦術の名は、瞬く間に大陸全土へと広まっていくことになる。
僕たちの国が、もはや誰にも無視できない、強大な軍事国家として、歴史の表舞台に立った、その瞬間だった。
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