第5話 闇ギルド? 受け入れればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴156年 8月10日 昼下がり 晴れ』
爆薬を売って得た資金で、ハーグの街は少しずつ息を吹き返していた。瓦礫は片付けられ、剥がれていた街道も補修が進んでいる。郊外の農地には再び鍬が入り、住民たちの顔にもかすかな活気が戻りつつあった。
(うん、なんだか少しだけ、領主らしくなってきたかも……)
旧役所の執務室で、そんなささやかな満足感に浸っていた時だった。背後に、いつものように音もなくユーディルが立っていた。
「ライル閣下、ご報告したいことが」
「うわっ! ……び、びっくりした。どうしたの、ユーディル?」
「帝都フェルグラントにて、とある組織が皇帝陛下の勅令により追放されました」
彼は淡々と、しかしどこか重要なことのように告げた。
「へえ、そうなんだ。……で、どうしてそれを僕に報告してくれるの?」
僕の素朴な疑問に、ユーディルは漆黒のローブのフードの奥で、わずかに口元を緩めたように見えた。そして、静かに、しかしはっきりと、こう言った。
「実は、私がその組織……『闇ギルド』の長なのです」
「……」
あっ、えっ、うん、ふーん。
(元検察官じゃなかったの!? 帝都を追放されたって言ってたけど、そういう意味で!?)
思考が停止し、口から意味のない音が出そうになるのを必死でこらえる。僕の混乱をよそに、ユーディルはすっと片膝をついた。
「そこで、ライル閣下にお願いがございます。我ら闇ギルドを、このハーグで受け入れていただけないでしょうか。もしお聞き届けいただけるなら、我ら闇ギルドは、貴方様に永遠の忠誠を誓いましょう」
(う、うーん……これ、断ったらどうなるんだろう……?)
頭の中で、警鐘がけたたましく鳴り響く。
(明日の朝、僕のベッドに見知らぬ馬の首が……いや、たぶん僕自身の首がなくなってるパターンじゃないか、これ!?)
引きつった笑みが、自然と顔に浮かんでいた。
「わ、わかったよ! 受け入れよう! ぜひ、ハーグに来てほしいな!」
「おお……! ありがとうございます、我が主よ! 貴方様に、闇の神々の御加護があらんことを!」
ユーディルは深く、深く頭を下げた。その姿に少しだけ我に返った僕は、恐怖の淵から必死で一つの言葉を絞り出した。領主として、これだけは言わなければ。
「あっ、そうだ、ユーディル! 一つだけ、お願いというか、命令、かな。麻薬だけは、このハーグを含めて、帝国領内では絶対に流通させないでほしい!」
「ハッ! 心得ております! 我らが主に害をなす行いは、即ち我らへの裏切り。決して致しません!」
その力強い返事に、僕は少しだけ安堵した。
それから、ハーグの街は凄まじい勢いで変貌を遂げた。
まず、活気のある酒場と清潔な宿屋が建った。聞けば、闇ギルドの酒類販売部門が運営しているらしい。夜には、街の一角にきらびやかな娼館が光を灯し始めた。まあ、人が集まれば、そういう施設も必要になるのかもしれない。さらに、腕自慢の傭兵たちが集う賭博場まででき、夜な夜な喧騒が響き渡った。
(うん、まあ、ある程度は仕方ないよね……税金はちゃんと取れるのかな?)
ユーディルの報告によれば、僕との約束通り、麻薬と密輸品はすべて国外に売られているらしい。ユリアン皇帝にバレなければ、僕の責任ではないはずだ。たぶん。
人身売買の部門は、帝国法で認められている奴隷の売買を専門に扱うようになり、今ではハーグの大きな収入源の一つになっていた。気持ち的には複雑だけど、法律上は問題ないらしい。
もちろん、表向きの真っ当な商業部門もあって、ハーグには多くの商品が流通するようになった。そして、腕利きの傭兵たちが集まったことで、街の治安は(ある意味で)向上した。
こうして、八つの巨大な産業が、この辺境の街に根を下ろした。
街は日に日に豊かになり、人口も増えていく。けれど、その活気はどこかいびつで、危うい熱を帯びているようにも思えた。
僕は活気あふれる街の様子を執務室の窓から眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「……これで、よかったのかなあ……」
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