第49話 青い軍服と、三番目の報せ ブルーコート歩兵ってカッコいいよね!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴160年 10月5日 昼 快晴』
ヴィンターグリュン王国に、実りの秋が訪れていた。
僕の息子たち、レオとフェリクスはすくすくと育ち、城の中はいつも賑やかな声に満ちている。レオがフェリクスの手をぎこちなく握ろうとしたり、フェリクスが兄の姿を目で追ったり。そんな光景を眺めているだけで、僕の心は温かいもので満たされていった。
(お父さんっていうのも、悪くないなあ……)
そんな穏やかな昼下がり。僕が執務室で、ウトウトと船を漕ぎ始めていた時だった。臨時副官を務めてくれていたノクシアちゃんが、僕の前に、一枚の羊皮紙ではなく、満面の笑みを差し出した。
「ライル……」
彼女は、いつもは静かな紫色の瞳を、キラキラと輝かせている。その様子は、まるで面白いからくりでも見つけた子供のようだった。
「ふふっ……妾も、できた。ライルの子……」
「えっ……?」
僕は、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だが、彼女が愛おしそうに、自らのまだ平らなお腹を撫でるのを見て、ようやくその意味を悟る。
「えええええええええっ!? の、ノクシアちゃんも!?」
「うん。……ふふふっ、これで闇の宗教も安泰じゃな……。妾とライルの子が、次の教皇になるのじゃ……」
ノクシアちゃんは、いつになく饒舌に、そして本当に嬉しそうに、くすくすと笑いながらニヤついている。三人目。僕が、また父親になる。その事実に、驚きよりも、なんだかもう、不思議な感慨がこみ上げてきた。
この報せは、すぐに城中を駆け巡り、新たな変化をもたらした。
まず、ノクシアちゃんが副官の任を解かれることになり、産後すっかり体調の戻ったヴァレリアが、その後任に復帰した。
「ヴァレリア、本当にいいの? まだ、フェリクスのそばで、ゆっくり休んでいていいんだよ」
「いえ、ライル様。これ以上休んでいては、体がなまります。それに……」
彼女は、騎士の鎧を再び身にまとい、その背筋をぴんと伸ばした。
「今の私には、守るべきものが、また一つ増えましたからな。以前にも増して、貴方様のお側をお守りいたします」
その翠色の瞳には、騎士としての誇りと、母としての強い光が宿っていた。
そして、もう一つの変化。最近はすっかり母親業に専念していたアシュレイが、突如、工房に引きこもったのだ。
「いやー、料理も楽しいんスけど、やっぱり私はこっちの方が性に合ってるみたいで!」
彼女が数週間ぶりに姿を現した時、その手には、新たな発明品が握られていた。それは、これまでの大砲を、ぐっと小型化した、新しい野戦砲だった。
「名付けて『歩兵砲』っス! これなら数人で簡単に運べるし、歩兵部隊と一緒に行動して、最前線で支援砲撃ができるんスよ!」
その取り回しの良い小型大砲は、我が軍の戦術を、さらに進化させる可能性を秘めていた。
様々な変化と共に、季節は過ぎていく。そして、冬を前に、ヴァレリアの発案で、我がヴィンターグリュン王国軍の、簡単な軍制改革が行われることになった。
「兵士たちの士気を高め、一体感を醸成するために、統一された軍服を支給すべきかと存じます」
ヴァレリアの提案に、僕もすぐに賛成した。
こうして、全ての兵士に、ヴィンターグリュンの空と湖の色を思わせる、鮮やかな青い服が支給された。人々は、親しみを込めて、彼らをこう呼んだ。『ブルーコート』、と。
その日、ブルーコート歩兵、そしてブルーコート騎兵からなる我が国の全軍が、ハーグの広場を行進していた。
僕と、アシュレイ、ヴァレリア、そしてお腹の大きいノクシアちゃんは、城のバルコニーから、その光景を眺めていた。
先頭を行く指揮官が、高らかに号令をかける。
「全軍、止まれ!」
一万の軍勢の足音が、ぴたりと、完全に一つになって止んだ。広場が、水を打ったように静まり返る。
「右向け、右!」
ザッ!
一万の兵士が、まるで一人の人間のように、寸分の狂いもなく、一斉に右を向く。その靴音は、ただの一度しか聞こえなかった。そのあまりに高い規律と練度は、この国の強さそのものを、内外に示していた。
(すごい……。僕の国は、こんなに強くなったんだ)
僕は、胸にこみ上げてくる熱い思いを感じながら、隣に立つ、愛する家族の顔を見回した。
守るべきものが増えるたびに、僕の国は、もっともっと、強くなっていく。そんな確信が、僕の中に芽生えていた。
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