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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第46話 幸運の王子 やった~! 二人目の息子フェリクスだよ~!

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴160年 5月15日 昼 快晴』


 その日のヴィンターグリュン王国は、どこまでも穏やかだった。

 執務室の窓から見える中庭では、僕とアシュレイの息子であるレオが、よちよちと覚束ない足取りで歩く練習をしている。その隣では、大きなお腹を抱えたヴァレリアが、微笑ましそうにその光景を眺めていた。


(そっかあ……僕、もうすぐ二人目の、お父さんになるんだなあ……)


 何度考えても、不思議な気分だった。ただの農民だった僕が、一国の王になり、そして二人の子の父親になる。その事実が、まだどこか他人事のように感じられた。


「ライル様、何をぼんやりとなさっているのですか」


 僕の感傷を、ヴァレリアの穏やかな声が破った。彼女はゆっくりと立ち上がると、僕のそばまで歩み寄ってきた。


「今日の分の書類、まだ山積みですわよ。さあ、早く……っ!」


 突然、彼女の言葉が止まった。ヴァレリアは、はっとしたように目を見開くと、苦痛に顔を歪めながら、自らのお腹をそっと押さえた。


「ヴァレリア!?」


「……ライル様。どうやら……来た、ようです」


 その一言が、城内に嵐を巻き起こした。


「み、水だ! お湯を沸かせ! あと、きれいな布をたくさん!」


 僕は、完全にパニックに陥っていた。物語で読んだ知識を思い出し、意味もなく叫びながら、廊下を走り回る。そんな僕の襟首を、後ろからひょいと掴んだのは、妻のアシュレイだった。


「ライル、あんたは邪魔だから、そこで大人しく待ってなさい!」


 レオを侍女に預けたアシュレイは、一度出産を経験した先輩として、冷静沈着に指示を飛ばし始めた。侍女たちが慌ただしく走り回り、ヴァレリアは城で一番陽当たりの良い部屋へと運ばれていく。


 部屋の前で、僕はただ、どうすることもできずに立ち尽くすしかなかった。部屋の中から聞こえてくる、ヴァレリアの苦しそうな声を聞くたびに、僕の心臓は締め付けられるようだった。僕は、なんて無力なんだろう。彼女のために、何もしてあげられない。


 いつの間にか集まってきた女性陣が、それぞれのやり方で、ヴァレリアの無事を祈り始めていた。


「おお、北の戦神よ! どうか、ヴァレリア殿と、その子に御加護を!」


 フリズカさんは、廊下の窓から見える空を睨みつけるように、固く手を組んで祈りを捧げていた。その姿は、まるで戦場での勝利を神に願う戦士のように、気高く、そして力強かった。


「わたくしも、父祖の霊に祈りを捧げますわ」


 ヒルデさんは、そっとその場に膝をつき、深くこうべを垂れていた。彼女の祈りは、声高に叫ぶものではなく、静かで、それでいて心の底からの敬虔さが感じられるものだった。


「落ち着く香りでございます。お使いください」


 ファーティマちゃんは、故郷から持ってきたのであろう、小さな香炉に火を灯していた。ふわりと漂う、甘く異国情緒のある香りが、僕たちの張り詰めた心を、少しだけ和らげてくれる。


「……大丈夫。ヴァレリアは、強い子」


 ノクシアちゃんは、祈るでもなく、ただ僕の隣に寄り添い、僕の服の袖を、きゅっと掴んでいた。その小さな手の温もりが、パニックに陥っていた僕の心を、不思議と落ち着かせてくれた。


 どれほどの時間が経っただろうか。

 長く、苦しい静寂の後、部屋の中から、赤子の力強い産声が、高らかに響き渡った。


「オギャー! オギャー!」


 その瞬間、張り詰めていた空気が、一気に弛緩する。僕も、他の皆も、安堵のため息をついた。

 やがて、部屋の扉が静かに開き、汗だくのアシュレイが、満面の笑みで顔を出した。


「おめでとう、ライル。元気な男の子っスよ」


 僕は、おそるおそる部屋の中へと足を踏み入れた。

 ベッドの上では、疲れ果ててはいるが、見たこともないほど穏やかで、優しい表情を浮かべたヴァレリアが、小さな赤ん坊を抱いていた。


「ヴァレリア……」


「……ライル様。見てください。私たちの、子です」


 彼女が、そっと腕の中の赤ん坊を僕に差し出す。僕は、震える手で、その小さな体を抱き上げた。温かくて、柔らかい。腕の中で、すやすやと寝息を立てている。その顔は、まだ赤くふやけているが、鼻筋の通った顔立ちは、母親であるヴァレリアによく似ていた。


「名前……考えていただけましたか?」


 ヴァレリアの問いに、僕はしばらく迷った。そして、腕の中の小さな命と、僕を見つめるヴァレリアの顔を交互に見て、一つの名前が、自然と口からこぼれた。


「……フェリクス。この子の名前は、フェリクスだ」


 ラテンの言葉で、『幸運』を意味する名。

 ただの幸運だけで、ここまで来てしまった僕。そんな僕と、帝国でも指折りの騎士である彼女の間に生まれた、奇跡のような子供。これ以上の名前は、ないと思った。


「フェリクス……。フェリクス・フォン・ハーグ……」


 ヴァレリアは、その名前を優しく繰り返すと、幸せそうに微笑んだ。


「ええ……とても、良い名です。私たちの、幸運の王子様……」


 ヴィンターグリュン王国に、第二の王子が誕生した。

 城の外では、その報せを聞いた民たちの、地鳴りのような歓声が響き渡っていた。僕たちの国の、新しい希望の誕生を、誰もが祝福してくれていた。


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