第40話 ユリアン皇帝、火縄銃を分解してみる
【ユリアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴159年 10月1日 夜』
我が私室の机の上には、一本の黒い鉄の筒が置かれている。辺境伯ライルから、選帝侯の地位とスースの街と引き換えに手に入れた、新兵器『銃』。我はその無骨な鉄塊を手に取り、じっとりと眺めていた。こんなものが、大陸最強と謳われた黄金獅子団を、一方的に蹂躙したというのか。
(にわかには信じがたい話だ……)
この兵器の本質を解き明かすため、我は一人の青年を、帝都の城へと極秘に招いていた。
「陛下、クラウスを連れてまいりました」
側近の言葉に、我は頷いた。入ってきた青年は、年の頃は二十代半ばか。学者然とした理知的な顔立ちだが、その指先はインクと油で黒く染まっている。あのヴィンターグリュンにいる、爆薬好きの小娘、アシュレイの兄弟子だという。
「下がれ。誰も入れるな」
側近をすべて下がらせ、私室には我とクラウスと名乗る青年、そして一本の銃だけが残された。
「さて、クラウスよ。早速だが、この『銃』とかいう玩具の仕組み、朕に説明してみよ」
「は。お任せください、陛下」
クラウスは物怖じする様子もなく、慣れた手つきで銃を分解し始めた。
「まず、この鉄の筒……銃身の中で、少量の火薬を爆発させます。その力で、この小さな鉛の弾を、高速で撃ち出す。これが、銃の基本的な仕組みにございます」
彼は、からくり部分を指し示した。
「そして、こちらが発射機構です。この引き金を引きますと、バネの力で、火をつけた『火縄』を挟んだ腕が倒れ、ここの火皿に盛った火薬に火を移します。すると、その火が銃身内部の火薬に伝わり、爆発、発射、と」
「ふむ。思ったよりも、単純な仕掛けのようだな。なぜ、これほどの威力が出る?」
「爆発の力を、この細い銃身の中で、一点に集中させているからにございます。狭い空間で解き放たれた力は、逃げ場を求めて、唯一の出口である銃口から、鉛玉を凄まじい速度で押し出すのです」
我は、机の上に転がっている鉛の弾を指先でつまんだ。
「この、ただの鉛の塊が、騎士の重装鎧を貫く、と?」
「はい。高速で撃ち出された鉛玉の前では、いかなる鋼鉄の鎧も、もはや紙のようなもの。防ぐ術はございません」
クラウスは淡々と、しかし残酷な事実を告げた。我は、しばらく黙り込んだ後、尋ねた。
「……弱点はあるのか?」
「はい。大きく分けて二つございます」
クラウスは、きっぱりと言った。
「まず、当然のことながら、雨が降れば、これはただの鉄の棒と化します。火薬も火縄も、湿気には滅法弱い。戦の日に雨が降れば、使い物にはなりません」
「うむ。それは道理だ」
「そして、もう一つの欠点が。この銃は、弾と火薬を銃口から詰める『先込め式』です。つまり……」
クラウスは、空の銃の銃口を下に向けた。
「銃口を下に向けますと、詰めた弾が、重力に従って、このように転がり落ちてしまいます」
「……なるほど。城壁の上から、真下の敵を狙い撃つことはできぬ、と。そういうことか」
籠城戦における、致命的な欠陥。だが、あのライルは、野戦であの黄金獅子団を屠った。使い方次第、ということか。
「この欠陥品、量産は可能なのか?」
我が最後の問いに、クラウスは即座に答えた。
「はい、むろんです。構造が単純な分、腕の良い鍛冶師を揃えれば、数を作ることは容易いかと存じます」
その言葉で、十分だった。
クラウスを下がらせた後、我はすぐに帝国筆頭の鍛冶師長を呼び、この銃の量産を極秘裏に進めるよう命じた。
(騎士の時代は、終わる……)
この兵器が戦場に溢れれば、帝国の軍事バランスは根底から覆る。諸侯には、まだ伏せておくべきか。どの部隊に、最初に配備するべきか。
(いや、それよりも……)
我は、ヴィンターグリュンの方角を見つめた。
(あのライルという男は、この兵器の持つ本当の恐怖を、どこまで理解しているのだ……?)
あの男が編み出したという『ヴィンターグリュン・ローテーション』。あの戦術の真価は、兵器の性能以上に、それを扱う人間の思考にある。
なんだか、無性に、あの飄々とした辺境の王と、もう一度、話がしてみたくなった。
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