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第4話 爆薬を売ればいいんじゃないかな?

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴156年 7月20日 朝 快晴』


 ハーグの旧役所、その薄暗い食堂での朝食は、相変わらず黒パンと硬い干し肉だった。僕はそれをかじりながら、ふと素朴な疑問を口にした。


「……ねえ、アシュレイさんって、爆薬を作れるんだよね?」


「いけますよ~、自家製で! 硝石と木炭と、あとはちょっとした秘薬があれば、安定した高品質の火薬になります!」


 食卓の端で、アシュレイがにこにこしながら胸を張る。その笑顔が、なぜか妙に危険に見えたのは気のせいではないと思う。僕はパンをちぎりながら、思いついたことをそのまま言葉にした。


「じゃあさ……その爆薬って、売れるんじゃないかな?」


 ガタン、と誰かがフォークを落とす音と共に、その場の空気が一瞬だけ止まった。


「……ライル閣下、それは冗談でおっしゃっておいでですか?」


 ヴァレリアが硬い表情で、僕をまっすぐに見ていた。僕は慌てて両手を振る。


「いやいや、冗談ってわけじゃなくて……。この街にはお金がないじゃない? でも、アシュレイさんは爆薬が作れる。だったら、それを売ったら、活動するための資金が手に入るんじゃないかなって……」


 僕の言葉を聞いたアシュレイの目が、カッと見開かれ、きらんと輝いた。


「それ、天才的な発想かもしれません! 火薬の密造は基本的に重罪ですが、ちゃんとした認可を得た上で『商品』として扱えば、貴族や軍の間での需要は確実にあるはずです! 爆破魔法は燃費も威力も不安定ですし、扱える魔術師も限られますからね!」


「合法的な形、というのは……」


「つまり、岩盤掘削用の魔導具や、信号弾として登録するんです。そうすれば、帝国法に則って、合法的に流通できます!」


 ヴァレリアが腕を組み、しばし沈思する。


「……実行は可能ですね。問題は、販路です。通常、こういった特殊品は実績のある商会を通すのが通例ですが……」


「ユリアン皇帝陛下に、直接売り込めばよろしいのでは?」


 不意に口を挟んだのは、部屋の隅でスープをすすっていた黒ローブの男、ユーディルだった。


「閣下の槍の伝説は、陛下の覚えもめでたい。『辺境伯が献上する新兵器』という体裁ならば、陛下は必ずや興味を示されるはずです」


「えっ、皇帝陛下に? 僕たちが、爆薬を?」


 僕は手にしていたパンを落としそうになった。だが、目の前の三人はすでに、僕を置き去りにして作戦会議モードに入っていた。


 数日後。僕たちは、試作品の小型火薬筒をいくつか積んだ荷馬車で、ふたたび帝都フェルグラントを目指していた。街道沿いの森にある岩場で、実演用に一発だけ爆破テストをしてみる。


「では、ライル閣下の号令で……点火!」


 アシュレイが僕にウインクすると、小さな呪符を取り出し、岩の上に置いた火薬筒に貼り付けた。パチパチと魔力が走り……。


 ドガァン!


 耳をつんざく轟音と共に、地面が揺れた。衝撃波が森を駆け抜け、岩盤が砕け散る。小動物たちが一斉に逃げ出し、ユーディルのローブが土埃で真っ白になった。


「大成功です! やっぱり威力は抜群ですね!」


「これ、本当に売っていい代物なの……?」


 帝都の南門で身分証を見せ、僕たちはまっすぐ皇宮の謁見広間へと通された。ユリアン皇帝は、変わらぬ気だるげな姿勢で玉座に腰かけ、僕を見るなりにやりと笑う。


「ライルよ、今度は何を持ってきた? またその幸運で、どこかの街でも拾ってきたか?」


「……いえ、爆薬です」


「……は?」


 皇帝が絶妙な間を置いて固まる。すかさずユーディルが前に出て、この爆薬の革新性について理論的に説明し、ヴァレリアが軍事転用した場合の戦術的優位性を補足し、最後にアシュレイが「こちらが試作品でっす!」と元気に掲げてみせた。


 皇帝は爆薬筒を一つ手に取ると、値踏みするように眺め、鼻を鳴らした。


「……火薬か。なるほど、岩山の砦を崩すのに使えるな。魔法より安上がりで、素人でも扱いやすい……ほう」


 彼は明らかに興味を示し、侍従に命じて中庭で小規模な爆破実験を行わせた。試験結果は上々だったらしく、遠くから爆破音が轟くたび、皇帝の目の輝きは増していった。


「気に入ったぞ、ライル。いや、ライル・フォン・ハーグ。なかなか面白い物を作るではないか」


 皇帝は満足げに笑い、即座に言った。


「この製造権を帝国が買い取ろう。一年契約で五千金貨、それでどうだ?」


「ご、五千……!?」


 僕は腰を抜かしかけた。けれど、僕の隣に立つ三人は、まるで当然のように無言で頷いていた。


 こうして、ハーグ領は初めてのまとまった資金を手に入れた。


 領地へ戻る帰り道。荷馬車に揺られながら、僕は空を見上げてつぶやいた。


「……なんだか、また流されているだけの気がするなあ……」


「ですが閣下、これが実行力というものです」


 ヴァレリアが涼しい顔で言う。


「まあでも、ライルさんのその一言がなかったら、何も始まってなかったっすよ?」


 アシュレイが笑い、ユーディルがぼそっと続けた。


「結果を恐れぬひらめきこそ、領主に必要な資質だ」


(それって、褒められてるのかな……)


 僕は深く考えるのをやめた。なにせ今は、懐が少しだけ温かい。


 遠く、夕焼けに染まるハーグの街が、ほんのすこしだけ、明るく見えた気がした。

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