第39話 スースと闇ギルド
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴159年 9月3日 夜』
闇の教皇にして、僕の臨時副官。ノクシアちゃんがその役に就いてから、一週間ほどが過ぎた。
彼女は、僕の想像以上に、その役目を懸命に果たそうとしてくれていた。山と積まれた書類に埋もれそうになりながら、小さな体で一生懸命に背伸びしてハンコを押したり、僕の隣でこっくりこっくりと船を漕いだり。その姿は健気で、僕は思わず頬を緩ませては、彼女の仕事を手伝うのだった。
その夜も、銃の軍事訓練があった日だった。例の、昂ぶる感覚が、僕の体から熱となって抜けずにいた。自室のベッドの上で、眠れずに身をよじっていると、静かに扉が開いた。そこに立っていたのは、いつもの黒いローブをまとったノクシアちゃんだった。
「……ライル、昂ぶってる。……妾が、鎮めてあげる」
彼女はそう言うと、静かに僕の隣に寄り添い、その小さな手で、僕の火照った体に触れてきた。彼女の言葉が引き金だった。僕は、ほとんど無意識のうちに彼女の体を求め、ベッドへと引き寄せる。
月明かりが、彼女の白い肌を照らし出す。最初は、小さく身をこわばらせ、痛みに顔をしかめていた彼女だったが、やがて僕の熱を受け入れるように、その身を預けてきた。夜が更けていく頃には、彼女は疲れ果てたように、僕の腕の中で静かな寝息を立てていた。
しばらくして、落ち着きを取り戻した僕が、彼女の銀色の髪をそっと撫でていると、ノクシアちゃんがゆっくりと目を開けた。
「……うん。ライルの役に立てたなら、嬉しい」
僕の腕の中で、彼女は満足そうに微笑んだ。その顔は、いつもの無口な少女ではなく、一人の女性の顔をしていた。僕は、ふと気になっていたことを口にした。
「そういえば、ゲオルグさんから手紙が来てたんだ。スースの農地開拓は順調みたいだけど、やっぱり人が足りないって。略奪を恐れる商人たちの足も遠のいてるみたいで、街の治安も、まだ不安定らしいんだよね」
僕がうめくように言うと、ノクシアちゃんは少しだけ考えた後、はっきりとした口調で言った。
「……ライル。それなら、ユーディルに命じて、闇ギルドの者たちをスースへ送ればいい」
「え?」
思わぬ提案に、僕は彼女の顔を見つめた。
「ハーグがそうだったように、彼らは街に活気をもたらす。酒場を作り、宿を建て、物資を流通させる。そして、何より……」
彼女の紫色の瞳が、教皇としての鋭い光を宿す。
「光の届かぬ場所には、影の秩序が必要。彼らは、法では裁けぬ悪を、闇の流儀で裁く。街の治安は、むしろ安定する」
(そっか……その手があったか)
僕の隣にいるのは、ただの無口な少女じゃない。闇の世界を束ねる、賢くて、そして頼りになる教皇様なんだ。僕は、彼女の聡明さに改めて感心し、その小さな体を愛おしく思い、ぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ノクシア。君が副官で、本当によかった」
僕の言葉に、彼女は照れたように、でも嬉しそうに、僕の胸に顔をうずめた。
こうして、荒れ果てたスースの街に、闇ギルドという新たな血が注ぎ込まれることが、静かに決まったのだった。
僕たちの国の、新たな復興の物語が始まろうとしていた。
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