第38話 ええっ!? ヴァレリアも!?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴159年 8月27日 朝』
スースの荒れ果てた街並みと、助けを求める住民たちの顔が、僕の頭から離れなかった。一夜明け、僕はすっかりいつもの調子を取り戻し、集まった仲間たちへ、元気いっぱい宣言した。
「よし! 早速だけど、今日もう一回スースに行こう! 今度は、ポテトと燻製肉を馬車に積めるだけ積んでさ!」
僕の言葉に、ユーディルやビアンカ、そして妻のアシュレイも頷いてくれる。だが、いつもなら一番に「承知いたしました」と言うはずのヴァレリアが、なぜか黙ったままだった。それどころか、彼女は僕の前に進み出ると、一枚の辞令書のようなものを差し出した。
「申し訳ありません、ライル様。私は、しばらくの間、馬での長旅や激しい訓練への同行はできなくなりました。つきましては、私の副官としての任を一時的に解いていただきたく……」
「えっ、どうして!? どこか、体の具合でも悪いの?」
僕が心配して尋ねると、彼女はほんのりと頬を染めながら、静かに、しかしはっきりと告げた。
「……はい。医師に診ていただいたところ……その、身ごもっておりました」
しん、と執務室が静まり返った。
み、みごもって……?
その言葉の意味を僕の頭が理解するよりも早く、アシュレイが深いため息を「はぁ……」とついた。
「やっぱり……。あなた、最近妙に顔色が良い時と悪い時があったし、酸っぱい果物を欲しがってたものね……。で、ライル。あんた、またやったの?」
「えっ、ええええええっ!? ぼ、僕!? い、いつの間に!?」
「とぼけないでください」
ヴァレリアが、少しだけ呆れたように僕を見る。
「軍事訓練の後など、貴方様が昂ぶっておられた夜は、いつも……。数えておりませんが、両手では足りないかと」
「毎回だったの!?」
僕が絶叫すると同時に、周りからも様々な声が上がった。
「なんですって!? ヴァレリア、あなた、抜け駆けとは卑怯ですわよ! わたくしを差し置いて!」
フリズカさんが、悔しそうに叫ぶ。
「まあ……。筆頭騎士殿も、夜のお勤めに励んでおられたのですね。わたくしのような奴隷の身では、到底及びもつきませんわ……」
ヒルデさんが、どこか羨ましそうに呟いた。
「なるほど……。この国の王は子種も強力、と。これは、我がフィオラヴァンテの将来にとっても、有益な情報ですわね」
ビアンカは、一人だけ冷静に何かを分析している。
「……ライル……。妾という正妻(仮)がいながら、アシュレイだけでなく、ヴァレリアにまで……。ううっ、この浮気者……!」
ノクシアちゃんが、涙目で僕の服を引っ張った。
そんなカオスな状況の中、ヴァレリアが咳払いをした。
「……というわけで、私の後任となる臨時の副官を決めなければなりません。どなたか、立候補される方は?」
その言葉に、アシュレイを除くフリズカ、ヒルデ、ビアンカ、そしてノクシアまでもが、バッと手を挙げた。だが、ヴァレリアはそんな彼女たちへ、氷のように冷たい一言を放った。
「覚悟しておいてください。ライル様は、銃を扱った夜は獣のようになられます。加減というものを、なさいません。それでも、よろしいのですな?」
その生々しい言葉に、フリズカさん、ヒルデさん、ビアンカさんの三人は、顔を真っ赤にしたり青くしたりして、おずおずと手を下ろした。
だが、ただ一人。ノクシアちゃんだけは手を挙げたまま、こくりと頷いた。
「……獣……温かい……。妾、平気」
こうして、なぜか闇の教皇であるノクシアちゃんが、ヴィンターグリュン王国の臨時副官に就任することが決まってしまった。
一連の騒動が終わり、みんながぐったりと疲れている中、部屋の隅でずっと黙っていた農業担当のゲオルグさんが、おずおずと口を開いた。
「あ、あのう……。それで、スースの街へ運ぶ食料と、農地指導の件は、どうなりますでしょうか……?」
僕たちは、はっと我に返り、顔を見合わせた。そして、全員で声を揃えて言った。
「「「ゲオルグさん、お願い!」」」
結局その日、スースの民を救うため、ゲオルグさんが一人、大量の食料を積んだ馬車を引いて、寂しそうに旅立っていったのだった。




