第37話 そうだ! みんなでスースに行ってみよう!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴159年 8月26日 夜』
ユリアン皇帝が、満足げな顔で帝都へと帰っていった。その日の夜、僕は自分の寝室で、一人、落ち着かない時間を過ごしていた。
日中に行った軍事訓練の光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。耳の奥で、千の銃声がまだ鳴り響いている。指先には、銃床を握りしめた時の、硬い感触が残っているようだった。
どうも、僕の体は、この『銃』という兵器を扱うと、その日は決まって昂ぶり、普通に眠れなくなるらしい。戦場で黄金獅子団を蹂躙した時も、そうだった。振るうにはあまりに強大すぎる力が、僕の奥底で眠っている何かを、無理やり揺り起こすような……そんな感覚。
(駄目だ……このままじゃ、眠れない……)
僕が、燃えるような焦燥感に身をよじった、その時だった。静かに扉が開き、ヴァレリアが入ってきた。彼女は、僕の様子を察しているのだろう。何も言わず、ただ、静かな眼差しを向けてくる。
その視線が、引き金になった。僕は、まるで飢えた獣のように、彼女の腕を掴んでベッドへと引き倒していた。昂ぶる感情のままに、彼女の硬い騎士鎧の紐を、乱暴に解いていく。現れた白い肌は、月明かりを浴びて艶めかしく光っていた。
「……っ」
ヴァレリアは、小さく息をのんだが、抵抗はしなかった。ただ、その翠色の瞳を潤ませ、僕の全てを受け入れるように、その身を委ねてくる。僕の荒い息遣いと、彼女の吐息だけが、部屋の静寂を満たしていく。彼女の温かい体は、僕の中に渦巻く熱を、優しく、そして深く、吸い取ってくれるようだった。
翌朝。僕が目を覚ますと、隣には静かな寝息を立てるヴァレリアがいた。昨夜の昂りは、嘘のように消え去り、僕の心は不思議なほど穏やかだった。
朝の執務室。僕は、集まった仲間たちに、いつもの調子で言った。
「そうだ! 昨日、皇帝陛下からスースの街をもらったことだし、今日、みんなで見に行ってみようよ!」
僕のあまりに唐突な提案に、ユーディルやビアンカは少し驚いた顔をしたが、ヴァレリアは「承知いたしました。すぐに準備を」と、冷静に頷いた。
ハーグからスースまでは、馬で半日ほどの距離だった。国境を越え、旧帝国直轄領へと足を踏み入れる。だが、そこに広がっていたのは、荒れ果てた土地だった。雑草は伸び放題で、畑だった場所も、見る影もない。
やがて、僕たちの目の前に、スースの街が見えてきた。高い城壁だけは立派だが、その内側は、ひどい有様だった。建物の屋根は崩れ、道にはゴミが散乱し、街全体が、まるで生気のない、灰色の空気に包まれている。
僕が最初にハーグに赴任した時と、まったく同じ光景だった。帝国の役人たちは、税を取り立てるだけで、この街の復興に、何一つ手を入れてこなかったのだろう。
僕たちが街の中心にある広場に到着すると、物陰から、おずおずと住民たちが姿を現した。皆、痩せて、ぼろぼろの服を着ている。だが、その瞳には、かすかな希望の光が宿っていた。彼らは、僕が新しい領主であることを知ると、我先にと群がってきた。
「おお……新しい領主様か……!」
「我々を、お見捨てになられないでください!」
「どうか……どうか、食べるものを……!」
僕は、馬から降りると、彼らの前に立った。
「みんな、安心してほしい」
僕は、集まった住民たちの顔を一人一人見回しながら、はっきりと告げた。
「僕は、ヴィンターグリュン王、ライルだ。この街は、今日から僕の国の一部になる。大丈夫。見ていてくれ。僕が初めて治めたハーグの街も、最初はここみたいに、ひどい場所だったんだ。でも、今は、みんながお腹いっぱい食べられて、笑って暮らせる街になった。このスースも、必ず、そうしてみせる。僕が、約束する」
僕の言葉に、住民たちの間から、嗚咽と、そして、やがては歓声が上がった。
やるべきことは、山積みだ。だが、僕の心は、不思議と晴れやかだった。
(まずは、食料と人を送らないと。ゲオルグさんなら、この土地に合う作物を知ってるかな。ビアンカなら、街の商業を立て直せるかもしれない)
その日のうちにハーグへと引き返しながら、僕の頭は、もうスースの復興計画でいっぱいだった。僕の国が、また少し、大きくなる。それは、守るべき民が、また増えるということでもあった。
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