第34話 アシュレイとライルの息子だよ! レオって名前がいいな!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴159年 6月1日 昼 快晴』
その日、ヴィンターグリュン王国は、建国以来、最も大きな喜びに包まれた。早朝、城内に満ちていた緊張を破ったのは、赤子の力強い産声だった。僕とアシュレイの間に、待望の第一子が誕生したのだ。男の子だった。
部屋に通された僕は、汗だくで疲れ切ってはいるが、満面の笑みを浮かべるアシュレイと、彼女の腕の中で小さな寝息を立てる赤ん坊を見た。恐る恐る、その小さな体に触れる。柔らかくて、温かい。空のように澄んだ瞳は僕に、そして輝くような銀髪は、母親であるアシュレイにそっくりだった。
「……すごい……。僕の、子供……」
「ふふ……ライルさんにそっくりっスよ。やんちゃな子になりそう」
僕たちは、その子に『レオ』と名付けた。この国の未来を担う、小さな獅子。その誕生を祝うため、首都ハーグでは国中を挙げての盛大な誕生祭が催されることになった。
春の恵みと、王子の誕生という二つの喜びが重なり、街はまるでおとぎ話のような活気に満ち溢れている。
広場の中央では、何頭もの『ハーグ黒豚』が丸焼きにされ、その滴る脂が食欲をそそる香ばしい匂いをあたりに振りまいていた。大きな鍋では、採れたての新ジャガとトロトロに煮込まれた春キャベツ、そしてゴロゴロに切られた豚肉が踊る、特製の豚汁が湯気を立てている。
テーブルには、色とりどりの春野菜を使ったサラダ、甘いグリーンピースをたっぷり使ったポタージュ、香ばしい焼きトウモロコシ、そして黄金色のコーンブレッドが、まるで尽きることがないかのように次々と並べられていった。
僕と、まだ本調子ではないアシュレイ、そして腕の中で健やかに眠るレオは、広場に設けられた特別席で、その光景を眺めていた。
「すごい……すごいお祭りっスね……。なんだか、私なんかのために、申し訳ないくらいっス」
アシュレイが、少し気恥ずかしそうに言う。
「ううん、アシュレイさんだけじゃないよ。レオと、この国のみんなのためのお祭りなんだ」
僕がそう言うと、仲間たちが次々と祝福に訪れた。
「ライル様、アシュレイ殿、この度は誠におめでとうございます! なんと力強い跡継ぎでしょう! ……ですが、次はわたくしとの子を……北の民は、銀髪の王妃を待っておりますわよ!」
フリズカさんが、隣に立つヒルデさんをちらりと見ながら、相変わらずの調子で言う。ヒルデさんは、そんな彼女に苦笑しつつも、深々と頭を下げた。
「おめでとうございます、ライル様。このヒルデ、奴隷の身でありながら、若様の誕生を間近で拝見でき、望外の幸せにございます」
「……ライル。……赤ちゃん、温かい。……でも、妾の方が、先にライルと……ううう」
ノクシアちゃんが、僕の服の袖をきゅっと掴んで、潤んだ瞳で見上げてくる。その隣では、ユーディルが静かに佇んでいた。
「ライル王。これで、王家の血筋は安泰ですな。内外に示す、何よりの力となりましょう」
そんな個性的な面々を、ヴァレリアがやれやれと、しかしどこか優しい目で見守っていた。
「まったく……。ですが、ライル王、アシュレイ。心よりお祝い申し上げます。この国の未来は、安泰ですな」
新たに仲間に加わったビアンカも、商人の彼女らしいやり方で、祝福の意を示してくれた。
「ライル陛下、この度はおめでとうございます。西のフィオラヴァンテより、王子誕生の祝いの品として、向こう十年の交易における関税免除の証書を。これで、王国の未来は、さらに豊かになりましょう」
宴は、夜更けまで続いた。
僕は、眠ってしまったレオをアシュレイに預け、一人で城壁の上に立っていた。眼下には、平和な喧騒と、無数の灯りが広がっている。僕が、この手で守り、作り上げてきた国。そして、僕が、これからも守っていくべきもの。
「きれいだね……」
いつの間にか、アシュレイが隣に来ていた。
「うん、きれいだ。……ねえ、アシュレイ。僕、ちゃんとお父さんになれるかな。ただの農民で、運が良かっただけの僕が……」
不安を口にする僕に、彼女はそっと寄り添った。
「大丈夫っスよ、ライル。あなたは、この国のみんなに、たくさんの笑顔をあげたじゃないですか。私にも、この子にも、最高の居場所をくれた。あなたは、世界一優しい王様で、きっと、世界一素敵なお父さんになりますよ」
彼女の言葉が、僕の胸を温かいもので満たしていく。
僕は、アシュレイと、腕の中で眠るレオを、そっと抱きしめた。
僕の国と、僕の家族の、新しい物語が、今、確かに始まったのだ。
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