第335話 とんこつラーメン屋ガンター
【ラーメン屋店主ガンター視点】
『アヴァロン帝国歴179年 12月10日 ハーグ 夜 小雪』
ハーグの夜は、冷える。
だが、俺の店『がんこ一徹』の暖簾をくぐる客たちの顔は、皆一様に期待で紅潮している。
「へい、いらっしゃい!」
俺、ガンターは、湯気の向こうから客に声をかけた。
俺が扱っているのは『ラーメン』。もとは東方のサラム王国を経由して伝わった、細長い麺をスープで食べる料理だ。向こうではあっさりした塩味が主流らしいが、ここヴィンターグリュン王国、特に首都ハーグでは、独自の進化を遂げていた。
その秘密は、この国が誇る『ハーグ黒豚』にある。
トウモロコシと特製の飼料で育った黒豚の骨。こいつを、巨大な寸胴鍋で三日三晩、骨の髄が溶け出すまで煮込む。すると、スープは白く濁り、とろりとした粘り気を帯びる。
これぞ、ハーグ流『トンコツスープ』だ。
濃厚な旨味と、鼻に抜ける獣の香り。これが、寒さの厳しい北国の人間にはたまらない。
「オヤジ! トンコツ一杯! 麺は『バリカタ』で頼む!」
「あいよ! バリカタ一丁!」
注文が入ると、俺は麺を茹で釜に放り込む。
俺の城であるこの店舗は、ただの屋台じゃない。天才発明家アシュレイ様と、その息子レオ様が立ち上げた『レオ自動車』製の小型トラック――通称『軽トラ』を改造した、移動式店舗だ。
荷台部分が厨房になっていて、どこへでも温かいラーメンを届けられる。この機動力も、ウチの自慢だ。
そんな俺の店に、今日もまた、見慣れた、しかし決して直視してはいけない常連たちがやってきた。
真ん中に座るのは、黒髪の優しげな中年男性。
その右には、銀髪で片眼鏡をかけた、白衣の女性。
左には、鋭い眼光を放つ、騎士風の女性。
そして後ろには、漆黒のローブをまとった、影のような男。
(……どう見ても、ライル皇帝陛下と、アシュレイ皇后陛下、ヴァレリア皇妃殿下、そして闇ギルドの、おそらく偉い人だ……)
彼らは「お忍び」のつもりらしい。服装も平民のものだし、言葉遣いも崩している。
だが、溢れ出るオーラまでは隠せていない。周りの客も気づいているが、皆、空気を読んで見ないふりをしている。それが、ハーグっ子の粋というやつだ。
「大将。いつものやつ、頼むよ」
ライル皇帝……いや、ただの「客」が、にこやかに注文する。
「へい! 特製全部乗せ、四つですね!」
俺は、何も気づいていないふりをして、ドンブリを並べた。
茹で上がった麺を湯切りし、スープへ投入。その上に、醤油ダレで煮込んだ分厚いチャーシュー(もちろんハーグ黒豚だ)、煮玉子、メンマ、そして山盛りのネギを乗せる。
「お待ちどお!」
ドンブリを出すと、四人は「おおっ!」と子供のように歓声を上げた。
「これだこれ! このコッテリしたスープが、公務で疲れた体に染みるんだよなぁ!」
「豚の脂とニンニクのハーモニー……。化学的にも、中毒性が高い組み合わせっスね! 最高っス!」
「カロリーが気になりますが……ええい、今夜だけは戦場での禁を破りましょう!」
「……美味。……やはり、ハーグの夜はこれに限る」
世界の頂点に立つ人たちが、俺のラーメンを夢中で啜っている。
その光景を見るたび、俺はラーメン屋をやっていて良かったと、心底思うのだ。
「ごちそうさん! いやあ、美味かった! 代金はここに置いておくよ」
彼らは満足げに腹をさすると、金貨や高額紙幣……ではなく、きっちり庶民的な小銭を置いて、夜の街へと消えていった。
「まいどあり!」
俺は威勢よく声を張り上げる。
外では雪が舞っているが、この軽トラの屋台の中は、情熱とスープの熱気で暑いくらいだ。
レオ自動車の軽トラックを改造した店舗で、今日もまた、俺は湯気の中で営業をするのであった。
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