第33話 商業都市国家連合降伏
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴159年 4月15日 昼 曇り』
僕らヴィンターグリュン王国軍の進軍は、止まらなかった。黄金獅子団を一方的に蹂躙した鉄の軍勢は、沈黙のまま、商業都市国家連合の本土を目指して進み続ける。その歩みは、慈悲も、容赦もない、ただただ冷徹な意思の表れだった。
僕の心は、マルダ村で見た光景を思い出しては、冷たい怒りの炎に焼かれていた。もう、誰にもあんな思いはさせない。僕の民に牙をむく者は、誰であろうと、根絶やしにする。
そんな殺伐とした軍の前に、一本の白旗が掲げられたのは、進軍開始から三日後のことだった。商業都市国家連合からの、和睦の使者だという。
僕のいる本陣のテントに、使者の一団が通された。その中心にいたのは、仕立ての良い服を着た、若手の女性商人だった。彼女は、商業都市国家連合の有力者の一人、ビアンカと名乗った。その顔は恐怖に染まり、僕の姿を認めると、びくりと肩を震わせた。
「……ヴィンターグリュン王、ライル陛下。我ら商業都市国家連合は、全面的に降伏いたします」
彼女は、震える声でそう言うと、その場で膝をついた。
「この度の戦の全ての責任は、我らにございます。つきましては、我らが連合で最も豊かとされる都市、私の故郷でもある『フィオラヴァンテ』を、陛下に差し上げます。どうか、これ以上の進軍は、おやめください」
僕は、無言で彼女を見下ろしていた。僕の冷たい視線に、ビアンカはさらに身を縮こませる。彼女は、僕という人間に、心底おびえていた。その純粋な恐怖を前にして、僕の心の中で燃え盛っていた怒りの炎が、すうっと静まっていくのを感じた。
(……ああ、そっか。僕、今、すごく怖い顔、してるんだな)
毒気を抜かれた僕は、短く、一言だけ告げた。
「……話は、明日にする。下がれ」
その夜、僕のテントにヴァレリアがいた。昨夜と同じように、僕たちはどちらからともなく、互いの体を求め、静かに抱き合っていた。彼女の温もりが、僕のささくれだった心を、少しずつ癒していく。
「……なんか、ごめん。僕って、そんなに怖かったかな?」
腕の中で、僕はぽつりと尋ねた。ヴァレリアは、僕の胸に顔をうずめたまま、甘く喘ぎながら、素直に答えた。
「はい、おそろしゅうございます。ですが……そんな貴方様だからこそ、私は……」
「そっか……そっか……」
僕は、彼女の言葉を噛みしめるように、ただ、その華奢な体を強く抱きしめた。
翌朝。会議の場に現れた僕を見て、ビアンカたちは目を丸くしていた。そこにいたのは、昨日までの冷徹な王ではなく、どこか気の抜けた、人の良さそうな笑みを浮かべた、いつもの僕だったからだ。
「やあ、ビアンカさん、おはよう! それで、昨日の話だっけ?」
僕は、差し出された降伏文書に、ざっと目を通した。
「うん、わかった! ビアンカさんの都市、フィオラヴァンテを差し出してくれればいいよ! それで、この戦いは終わりにしよう!」
僕のあまりにあっさりとした物言いに、ビアンカは呆気に取られていた。やがて、彼女は深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます。そして、ライル陛下。もし、お許しいただけるのでしたら、この私ビアンカも、貴方様にお仕えし、フィオラヴァンテ、いえ、ヴィンターグリュン王国の発展のために、この身を捧げたく存じます」
こうして、僕と商業都市国家連合との戦いは、唐突に終わりを告げた。
僕たちの国は、新たに西の交易都市フィオラヴァンテを支配下に置き、そして、商才に長けたビアンカという、頼もしい仲間を得ることになったのだった。
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