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第31話 黄金獅子の咆哮

【商業都市国家連合・会議室】


『アヴァロン帝国歴158年 12月1日 夜』


 商業都市国家連合の最高意思決定機関、『十人商人会』が開かれる会議室は、冷たい緊張感に包まれていた。磨き上げられた巨大な大理石の円卓を、連合に莫大な富をもたらしてきた十人の大商人が囲んでいる。


 その一人、ロレンツォがゆっくりと立ち上がった。先日、北方の新興国ヴィンターグリュンとの交渉で煮え湯を飲まされた彼は、その屈辱を、今は燃えるような野心へと変えていた。


「皆々様、本日はお集まりいただき感謝申し上げる。議題は一つ……あの北の田舎国家、ヴィンターグリュン王国を、いかにして我らの『財布』に変えるか、でございます」


 ロレンツォは、円卓の中央にヴィンターグリュン王国周辺の地図を広げた。


「あの国は、もはや単なる食料庫ではございません。ポテト、コーン、大豆、そしてあの『ハーグ黒豚』。食という、人間が決して抗えぬ欲求を、彼らは完全に独占しつつある。このままでは、いずれ我らの商業圏すら脅かしかねない、危険な存在です」


 ロレンツォの言葉に、連合の長老格であるマテオが、重々しく口を開いた。


「しかしロレンツォよ、武力介入はあまりに危険な賭けだ。あの国は帝国の辺境伯領でもある。皇帝ユリアンが黙ってはおるまい」


「マテオ様のお言葉、ごもっとも。ですが、その帝国は今、南部の不作とダリウス公の反乱の後始末で、疲弊しております。我らが北方を『安定』させることを、むしろ歓迎こそすれ、邪魔立てする余力などございますまい」


 次に、若手の女性商人であるビアンカが、鋭い視線をロレンツォに向けた。


「話が早いわね、ロレンツォ。戦争には金がかかるのよ。その費用に見合うだけの利益は、本当に見込めるのかしら?」


「もちろん。あの国の富の源泉……全ての作物の種子、ハーグ黒豚の原種と飼育法、そして、あの騎士の鎧を紙くずのように貫くという新兵器『銃』の技術。これら全てが、我らのものになるのですぞ。初期投資など、すぐに回収できるどころか、百年先までの利益が約束されるも同然!」


 ロレンツォの熱弁に、場の空気が少しずつ変わり始める。元傭兵の経歴を持つ武闘派の商人、アントニオが唸るように言った。


「だが、相手の軍事力も未知数だ。『槍の英雄』、『大砲の王』……。噂だけを信じるわけにはいかん」


「その噂も、私が調べさせました」


 ロレンツォは、待っていましたとばかりに笑みを深めた。


「『大砲』は数回で壊れる粗悪品。『銃』は装填に時間がかかる欠陥品。そして『槍の英雄』とは、ただ運が良かっただけの元農民……。我々が恐れるに足る相手ではございません。それに……」


 ロレンツォは、声を潜め、決定的な切り札を提示した。


「我々自身が、尊い血を流す必要など、ありはしないのです。金で、最強の軍隊を雇えばよいのですからな。例えば……大陸最強と名高い、あの傭兵団『黄金獅子団(ゴールデン・ライオン)』を」


 その名が出た瞬間、会議室の空気が変わった。アントニオですら「黄金獅子団……だと? 奴らを雇えるなら、話は別だ……」と目を見開いている。


 慎重論は、金と武力という、商人たちが最も信頼する力の前に、霧散していった。長引いた議論の末、ついに長老マテオが、疲れたように、しかしはっきりと宣言した。


「……よろしい。連合の総意として、北方ヴィンターグリュン王国への武力介入を、正式に決定する。黄金獅子団との契約は、ロレンツォ、お前に一任しよう」


 会議が終わり、商人たちが満足げな顔で部屋を後にしていく。その中で、ただ一人、ほとんど発言せず、物静かに皆の話を聞いていた商人、シルヴィオが席に残っていた。


 彼は自室に戻ると、窓から月明かりが入るのを確かめ、懐から黒く磨かれた小さな水晶を取り出した。それに静かに魔力を込め、まるで独り言のように、しかしはっきりとした声で囁きかける。


「ユーディル様……聞こえますか。西が、動きます。傭兵団の名は、『黄金獅子団』。すぐに行動を開始するでしょう……」


 水晶は、かすかな光を放つと、沈黙した。


 北の地に、金色の獅子の名を持つ傭兵団の影が、静かに、しかし確実に迫っていた。


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