第30話 弾の装填に時間がかかる? 兵隊さんを10列に並べればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴158年 11月5日 午後 曇り』
冬の足音が聞こえ始めたヴィンターグリュン王国の練兵場は、奇妙な熱気に包まれていた。アシュレイさんが開発した新兵器、『銃』。その習熟訓練が、傭兵団『黒竜の牙団』の精鋭たちによって行われているのだ。
鋭く、甲高い炸裂音が響き渡るたび、遠くに置かれた鋼鉄の的が、いとも簡単に貫かれていく。その光景を、僕はアシュレイさんと一緒に、少し離れた場所から眺めていた。彼女のお腹は、ドレスの上からでもわかるくらい、ふっくらとしてきている。
「ライルさん、見てください! 銃の威力は、やっぱりすごいっスよ!」
「うん、そうだね。でも、危ないから、あまり近づいちゃだめだよ」
僕がそう言うと、彼女は「わかってるっスよ」と笑いながら、愛おしそうに自分のお腹を撫でた。
その日の夕方。僕は執務室で、ヴァレリアとユーディルから、銃の訓練に関する報告を受けていた。
「銃の威力、射程、精度、そのどれもが申し分ありません。騎士の重装鎧ですら、紙くず同然に貫く、まさに恐るべき兵器です」
ヴァレリアは、そう切り出すと、厳しい表情で言葉を続けた。
「……しかし、運用における致命的な欠点も、同時に明らかになりました」
「欠点?」
「はい。一発撃つごとに、銃口から火薬と弾を慎重に詰め直さねばならず、その装填に、あまりにも時間がかかりすぎるのです。熟練した兵であっても、次弾を発射するまでには、数十秒を要します。これでは、敵の騎馬隊に高速で突撃された場合、最初の一発を撃った後は、ただの的になってしまいます」
ユーディルも、腕を組んで深く頷いた。
「アシュレイ殿に、連射可能な機構の開発は依頼できんのか?」
「彼女にも相談しましたが、今の技術力では、複雑な連射機構は故障が多く、とても実戦での信頼性を確保できる段階ではない、とのことでした。それに……」
ヴァレリアは、僕の隣で温かいハーブティーを飲んでいるアシュレイさんの方をちらりと見た。
「今の彼女に、これ以上の無理はさせられません」
どうすれば、この銃を実戦で有効に使えるのか。ヴァレリアもユーディルも、難しい顔で黙り込んでしまった。
そんな重苦しい沈黙の中、僕は、ずっと頭の中で考えていた、素朴な疑問を口にした。
「うーん……弾を込めるのに時間がかかるのが、一番の問題なんだよね?」
「はい。左様です。それが、この兵器の最大の弱点です」
ヴァレリアの言葉に、僕は机の上に並んでいた駒をいくつか手に取った。
「じゃあさ、兵隊さんを、横に一列に並べるんじゃなくて、縦に、こう……十列くらい、ずらーっと並べればいいんじゃないかな?」
「……は?」
ユーディルが、怪訝な顔で僕を見る。僕は、駒を動かしながら、思いついたことをそのまま説明した。
「でね、一番前の列の人が撃ち終わったら、すぐにその場でしゃがんで、列の一番後ろまで走って戻るの。そこで、ゆっくりと次の弾を込めるんだよ。その間に、二番目の列にいた人が、すっと前に出てきて撃つ。これを、三番目、四番目……って、十番目の人まで、順番に繰り返していくんだ」
僕は、駒の動きを止め、二人の顔を見た。
「そうすれば、一番最初の人が弾を込め終わる頃に、ちょうどまた自分の番が回ってくるでしょ? これなら、みんなで代わるがわる撃ち続けることができるから、敵はずっと弾の雨の中にいることになるんじゃないかな?」
僕が話し終えると、執務室は、しんと静まり返った。
ヴァレリアとユーディルは、絶句したまま、顔を見合わせている。やがて、最初に口を開いたのは、ヴァレリアだった。彼女の声は、わずかに震えていた。
「……兵士を、入れ替える……? 兵器の技術的な欠点を、兵士の『運用方法』で、完全に克服する……? いえ、それどころか……」
ユーディルが、ゴクリと喉を鳴らした。
「……絶え間なく続く、弾丸の壁……。なんと、恐ろしい戦術だ。個の力ではなく、集団のシステムとして、敵を制圧し続ける……。ライル王、貴方様の思考は、我々の常識を、いとも容易く飛び越えていかれる」
ヴァレリアは、まるで神の啓示でも受けたかのように、興奮した様子で立ち上がった。
「これならば! いかなる重装騎兵の突撃であろうと、我らの陣に到達する前に、一方的に殲滅することが可能です! ライル王、貴方様は、またしても戦争の歴史そのものを、根底から覆してしまわれたのですぞ!」
僕の、ただの素人考えは、またしても何かとんでもないものを生み出してしまったらしい。
この戦術は、すぐに『ヴィンターグリュン・ローテーション』と名付けられ、王国軍の正式な銃兵戦術として採用されることになった。
練兵場では、早速、兵士たちが十列に並び、号令に合わせて射撃と後方への移動を繰り返す、奇妙で、しかし恐ろしく効率的な訓練が始まっていた。
「よかった。これで、みんな無理なく戦えるようになるね」
僕は、その様子を眺めながら、隣にいるアシュレイさんと一緒に、畑で採れたばかりのサツマイモで作った焼き芋を、のんきに頬張っていた。
僕たちの国が、また一つ、大陸の誰も知らない、とてつもない『力』を手に入れてしまったこと。その本当の意味を、この国の王である僕自身だけが、まだ、まったく理解していなかった。
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