第29話 うーん、アシュレイさんの件? 結婚すればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴158年 10月15日 夜 曇り』
その夜、僕はヴァレリアに連れられて、アシュレイさんの工房を訪れていた。工房の中はいつも通り雑然としているが、その主であるアシュレイさんは、なんだかばつが悪そうに僕たちから視線をそらしている。
沈黙を破ったのは、ヴァレリアだった。
「単刀直入に聞きます、アシュレイ。あなた、ご自身の体の変化には、もう気づいているのでしょう?」
「な、何のことっスか……? 最近、新しい銃の設計で、ちょっと寝不足なだけで……」
ヴァレリアは、そんな言い訳を一刀両断するように、深いため息をついた。
「先日の商人の席での態度、匂いへの過敏な反応、そして最近のあなたの様子……。医師にも聞いてきました。……ご懐妊だそうです。いつから、心当たりが?」
観念したように、アシュレイさんはうなだれた。そして、小さな、蚊の鳴くような声で呟く。
「……たぶん……あの、夏の夜……から、っス……」
僕は、二人の会話がすぐには理解できなかった。ごかいにん……?
「ヴァレリア、ご懐妊って……お腹に、赤ちゃんがいるってこと?」
「左様です。そして、その子の父親は、十中八九、閣下、あなたでしょう」
「えええええええええっ!?」
僕は、人生で一番大きな声が出たんじゃないかと思うくらい、素っ頓狂な声を上げた。僕が……お父さん? アシュレイさんのお腹の中に、僕の子供が……?
(ど、どうしよう……! 王様とか、お父さんとか、僕には責任が重すぎるよ……!)
頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。僕がその場で固まっていると、ヴァレリアが呆れたように、しかしどこか優しく僕を見た。
僕は、しばらくうろうろと部屋の中を歩き回り、そして、いつものように、ぽつりと一つの結論を口にした。
「そっかあ……僕が、お父さんかあ……。うーん……」
僕は、うつむいているアシュレイさんの前に立つと、彼女の手をぎゅっと握った。
「じゃあさ、アシュレイさん! 僕と、結婚すればいいんじゃないかな?」
僕の言葉に、アシュレイさんとヴァレリアが、同時にぽかんとした顔で僕を見た。
僕とアシュレイさんの結婚式は、それからわずか数日後、ヴィンターグリュン王国の秋の収穫祭と合わせて、盛大に行われることになった。
広場には、街中の人々が集まり、お祭り騒ぎとなっている。テーブルには、食べきれないほどのご馳走が並んでいた。定番のポテトと『ハーグ黒豚』のシチュー、醤油風味の焼きトウモロコシはもちろん、今年初めて収穫された新しい作物も、食卓を彩っている。
ゲオルグさんが満を持して作り上げた、雪のように白く、ふるふると柔らかい『豆腐』。東の国から来た、レンズ豆という小さな豆を煮込んだ、滋味深いスープ。そして、サラム王国からファーティマちゃんが持ってきてくれた、ナツメヤシの実を使った、とろけるように甘いお菓子。
誰もが笑顔で、新しい味と、僕たちの門出を祝ってくれていた。
花嫁になったアシュレイさんは、いつもの白衣ではなく、女性陣が総出で用意した美しい純白のドレスに身を包んでいた。少しだけふっくらとしたお腹を隠すようなデザインのドレスを着て、彼女は顔を真っ赤にしながら、僕の隣で照れくさそうに笑っている。
そんな僕たちの元へ、祝福(?)の声が次々と寄せられた。
「ううう……ライル、妾というものがありながら……。なんと、不貞な……!」
ノクシアちゃんが、僕の服の袖を掴んで、潤んだ瞳で訴えてくる。
「ライル様……。私は奴隷の身ですので、おこぼれを頂戴できれば、それで満足でございます。もっと、夜伽に呼んでくださっても、よろしいのですよ? ぽっ……」
ヒルデさんが、僕の耳元で頬を染めながら、とんでもないことを囁く。
「ま、まあ、今回はアシュレイ殿に華を持たせますわ! ですが、次はわたくしの番ですわよ、ライル様! 覚悟なさってください!」
フリズカさんは、なぜかライバル心を燃やし、高らかに宣言していた。
そんな三人の様子を見て、ヴァレリアがやれやれと首を振っている。
「まったく……皆さん、何を考えているのやら……。ですが、ライル王、アシュレイ。心より、お祝い申し上げます」
宴は夜更けまで続き、僕はアシュレイさんと二人で、城壁の上から賑やかな街を眺めていた。
「なんだか、全部、夢みたいっスね……」
「うん……。でも、これからもっと大変になるのかな。僕、ちゃんとお父さん、できるかなあ……」
僕が不安を口にすると、アシュレイさんはふふっと笑って、僕の腕にそっと寄り添った。
「大丈夫っスよ、ライルさんなら。だって、この国の、私の大好きな王様なんですから。それに……」
彼女は、愛おしそうに、自らのふくらみ始めたお腹を優しく撫でた。
「これからは、一人じゃないっスからね」
その言葉が、僕の胸を温かいもので満たしていく。
ヴィンターグリュン王国に、そして僕に、新しい家族が増える。その確かな喜びを胸に、僕たちの国の、新しい物語が始まろうとしていた。
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