第279話 革命軍のカリーム、ハーグ市民に相手にされず
【革命軍のカリーム視点】
『アヴァロン帝国歴178年 5月21日 夕刻 曇り』
ちっ……。なんなんだ、この街は。
帝都ハーグ。イブラヒムのじいさんからは「民を扇動し、革命の火種を蒔け」と威勢のいいことを言われて送り出されたが、ここに着いて数日、俺が感じているのは、焦りと、場違いなほどの……居心地の悪さだ。
道は無駄に広く、掃除が行き届いている。夜だというのに『電灯』とかいう奇妙な光が煌々と輝き、まるで闇を許さないかのようだ。すれ違う連中は皆、身なりが良く、腹が減ったような顔をしていない。
(腐ってやがる……。だが、ゼナラとは違う意味で、だ。こいつら、富に溺れ、牙を抜かれちまったんだ)
俺は、イブラヒムの計画書通り、まずは『ハーグ・タイムス』とかいう新聞に、金……と言っても、ゼナラから持ってきた銀貨を積んで、記事広告を載せてやった。
『立て、労働者! 搾取する貴族を討て! 真の自由は、血によってのみ得られる!』
我ながら、傑作だ。これを見れば、日頃の鬱憤が溜まっている民衆が、火薬庫みてえに爆発するはず……。
俺は、記事が刷られた日の夕刻、街角のパブへと足を運んだ。民衆の反応を、この目で確かめるためだ。酒を飲む所は、いつだって革命の温床だからな。
案の定、パブは、その新聞をネタに盛り上がっていた。よしよし。
「おい、見たかよ、今日の新聞」
「ああ、あの『革命』ってやつだろ? なんでも、王様を倒すんだとよ」
(そうだ、その意気だ!)
俺が、カウンターの隅でほくそ笑んだ、その時だった。
「王様って言えば、あれか? 『パパ友の会』の、ライルさんのことか?」
「ぷっ、あの人を倒してどうすんだよ。この前、一緒に『ハーグの湯』の蒸し風呂に入ったが、五秒で逃げ出してたぞ、あの人」
「そういやウチは昨日、ライルさんの奥さんから、春キャベツのおすそ分け貰ったぜ。ヴァレリアさんだよ。あの人、軍の偉いさんなのに、近所付き合い良くてよぉ」
「ああ、ウチは娘が熱出した時、ライルさん、帝都の名医を呼んでくれたんだ。あんな人がいなくなったら、俺たち、どうなっちまうんだ?」
(……は?)
俺は、耳を疑った。なんだ、こいつら。王様と銭湯? 王妃がキャベツのおすそ分け? 医者を呼ぶ?
(……違う。こいつら、洗脳されてやがる。そうだ、そうに違いねえ)
俺は、ぬるくて安いエールのジョッキを叩きつけるように置くと、立ち上がって、酒場中に響き渡る声で叫んだ!
「目を覚ませ、ハーグの民よ! 貴様らは、貴族どもに、そのライルとかいう男に、いいように利用されておるのが、まだ分からんのか! 奴らの贅沢のために、重い税を搾り取られておるのだろう!」
俺の魂の叫び。だが、酒場にいた連中は、きょとんとした顔で俺を見ると、一人が、面倒くさそうに頭を掻いた。
「税金? ああ、払ってるぜ。でも、その金で、この街の水道も、あの鉄道も、子供らの学校もできてんだ。当たり前じゃねえか」
「そうだそうだ。だいたい、俺たちが払った税金より、ライル様が新大陸から稼いでくる金の方が、よっぽど多いって話だぜ。アカツキ産のコーヒーが飲めなくなるだろ?」
「と、言うか、選挙で俺たちが選んだ連中がハーグの運営をしてるんだぜ? ムカついたら選挙で落とすだけよ。今んとこ大丈夫だけどな」
「なんだ、あんちゃん。さては、最近流行りの『旧都復権忠義団』の残党か? あんまり騒ぐと、ヴァレリア様に通報すんぞ」
「軍ならアズトラン大陸に出兵したぜ。市民防衛隊のほうがよくないか?」
「ああ、水道管銃なつかしいな。今はちゃんとライフル支給されてるだろ?」
「やめとけ、相手にするだけ無駄だぜ。酒がまずくなる」
俺は、歯ぎしりをした。ダメだ、こいつら、完全に骨抜きだ。
「どうなってんだ、このハーグってところはよ!? 王による圧政はないのか!?」
酒場を飛び出し、冷たい夜風に頭を冷やす。
(新聞も、酒場もダメだ。……だが、まだ手はある)
俺は、街の中心にそびえ立つ、あの忌々しい鉄塔を見上げた。アヴァロン中に、この街の「幸福」を垂れ流し続ける、プロパガンダの塔。
(そうだ、あの『ラジオ』とかいう箱よ。あれを乗っ取れば、俺の声を、この国の隅々まで届けることができる!)
俺は、懐に隠し持った短剣の柄を、強く握りしめた。
イブラヒムのじいさんには悪いが、計画変更だ。
「手勢を集めろ。今から、あの放送局を、占拠する」
俺は、影に潜ませていた、わずかな手下どもと共に、夜の闇の中、あの光り輝く塔へと、走り出した。
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