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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第278話 フェリクス、ザイン殿と寝る

【フェリクス視点】


『アヴァロン帝国歴178年 5月20日 夕刻 曇り』


 ここ、港湾都市ラス・バハールの訓練場は、乾いた土埃と、兵士たちの汗の匂いで満ちていた。

 首都サファリダから流れてくる、血生臭い噂とは裏腹に、この地では、王国軍の再建に向けた激しい訓練が、来る日も来る日も続いていた。

 その中心にいるのは、いつも彼女だった。


「そこ! 銃床の固定が甘い! 反動を殺しきれんぞ!」


 司令官ザイン殿。その、中性的な、凛とした声が、訓練場に響き渡る。

 白い軍服に身を包み、自らライフルを手に、兵士たちの間を駆け回る。その姿は、確かに美しい。だが、ここ数日、彼女の顔には、隠しきれない疲労の色が、濃く浮かんでいた。


(……少し、無理をしすぎじゃないだろうか)


 僕が、彼女の消耗を案じていた、まさにその時だった。

 一連の射撃訓練を終え、兵士たちに「休憩!」と号令をかけた彼女の体が、ふらり、と、大きく傾いだのだ。


「ザイン殿!」


 僕は、考えるよりも早く、その華奢な体を、腕で受け止めていた。


(むにゅっ)


 軍服越しに、腕に伝わってくる、確かな柔らかさ。

 そうだ。この人は、女性なのだ。僕が熱病で倒れたあの日、この腕の中で、確かに感じた、あの感触。


(う~ん、やっぱりザインさんは女性だなぁ……)


 僕の腕の中で、彼女は、悔しそうに唇を噛み、弱々しい声で呟いた。


「すまない……フェリクス殿。少し、立ちくらみがしただけだ……」


「いいから、無理しないで。医務室へ行こう」


 僕は、彼女の抵抗を意にも介さず、その体を、ひょいと背負い上げた。驚くほど軽い。


「なっ……! 降ろせ、フェリクス殿! 兵たちの、手前……!」


「いいから、大人しくしてて。これは、司令官命令だよ」


 僕が、わざと強くそう言うと、彼女は、それ以上何も言わなかった。ただ、その顔を、僕の肩口に、ぐったりと預けてくる。

 医務室までの道のり、背中に伝わる、柔らかい感触と、規則正しい寝息が、僕の心を、奇妙にざわつかせた。


 医務室の簡素なベッドに彼女を寝かせ、濡れた布で、その額の汗を拭ってやる。

 眠っている彼女の顔は、司令官としての厳しさが消え、年相応の、ただの美しい女性の寝顔だった。

 僕が、その顔を、じっと見つめていた、その時。


「……私が、女だと、気づいているのだろう?」


 彼女が、薄っすらと目を開けて、そう、ささやいた。その声は、熱に浮かされ、どこか甘く、潤んでいる。


「えっ? えええっ?」


 僕は、あまりに不意を突かれ、気の利いた嘘もつけず、ただ、狼狽えることしかできなかった。

 彼女は、そんな僕を見て、ふふっ、と、弱々しく笑った。


「……ならば、頼みがある。今夜は、ここにいてほしい」


「えっ? あ、うん、もちろん、看病なら……」


「違う」


 彼女は、僕の言葉を遮ると、その熱っぽい瞳で、僕をまっすぐに見つめた。


「今は、友達としての、頼みだ。……今は、な」


 その言葉の意味を、僕は、正確に測りかねていた。だが、その瞳に宿る、抗いがたいほどの、孤独と、懇願の色に、僕は、もう、首を縦に振るしか、できなかった。


 その夜、僕は、彼女のベッドのそばの椅子で、うとうとと、浅い眠りを繰り返していた。

 やがて、夜が更け、彼女が、苦しげに、うわ言を言うのが聞こえた。


「……寒い……」


 僕は、毛布をかけ直してやろうと、ベッドに近づいた。その時、彼女の、熱い手が、僕の腕を、強く掴んだ。

 そして、そのまま、ベッドの中へと、引きずり込まれる。


「……! ザイン殿……?」


 暗闇の中、至近距離で、彼女の、潤んだ瞳が、僕を見つめていた。

 僕は、もう、何も考えられなかった。ただ、目の前の、助けを求める一人の女性を、温めてあげたい。その、本能のような衝動に、身を任せていた。


 翌朝。

 僕が目を覚ますと、隣には、穏やかな寝息を立てる、彼女の姿があった。

 だが、僕の体は、おかしい。喉がひりひりと痛み、頭が、ガンガンと重い。


(……うそだろ)


 僕は、見事に、彼女の風邪を、うつされていた。


「……ふふっ。すまないな、フェリクス殿。風邪はうつすと治るというのは本当なのだな」


 いつの間にか、目を覚ました彼女が、今度は、実に楽しそうに、くすくすと笑っている。その顔色は、昨日とは打って変わって、すっかり良くなっているようだった。


「今度は、私が、貴殿を看病する番だな」


 彼女はそう言うと、嬉しそうに、僕の額に、ひんやりとした、濡れタオルを置いてくれた。

 僕は、その、あまりに優しい手つきに、文句を言う気も失せ、ただ、熱に浮かされた頭で、天井を眺めることしか、できなかった。


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