表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

273/279

第273話 フェリクス、看病される ~乙女(?)の祈り~

【フェリクス視点】


『アヴァロン帝国歴178年 4月15日 朝 晴れ』


 鳥のさえずる声で、僕は目を覚ました。

 窓から差し込む朝の日差しが、部屋を明るく照らしている。あれほど重かった体は、嘘のように軽く、熱もすっかり引いているようだった。

 僕は、ゆっくりとベッドから身を起こす。


(……夢、じゃなかったよな)


 昨夜の、あの柔らかな感触。そして、ザイン殿が女性だったという、衝撃の事実。

 僕が、ぼんやりと昨日の出来事を反芻していると、部屋の扉が、静かに開かれた。


「……! フェリクス殿、お目覚めになられたか!」


 そこに立っていたのは、紛れもなく、あの白い軍服に身を包んだ、ザイン殿だった。その美しい顔には、憔悴の色が浮かんでいたが、僕が目を開けたのを見て、心の底から安堵したように、その表情を緩めた。


(彼は……彼女なのだろうか?)


 ザイン殿はベッドのそばまで来ると、少しだけ気まずそうに、視線をそらした。


(やっぱり、昨日のこと、気づいてるのかな……)


 僕も、どう切り出していいかわからず、とりあえず、当たり障りのない挨拶をすることにした。


「あ、あの、ありがとう、ザイン殿。一晩中、看病してくれたんだろう?」


「いや……。貴殿が倒れられたのは、私の監督不行き届きゆえ。当然のことをしたまでだ」


 その声は、いつもの凛とした司令官のものだった。もしかして、昨日の『むにゅっ』は、熱にうなされた僕が見た、ただの幻だったのだろうか。


(いや、でも、あの感触は、あまりに、あまりにリアルだった……)


 僕が、一人でぐるぐると悩んでいると、ザイン殿は、思いがけないことを口にした。


「……フェリクス殿。もし、よろしければだが……。貴殿が完全に回復なされるまで、今少し、この砦に、滞在していただけないだろうか」


「え?」


「貴殿から教わった、あの『塹壕』と『射撃術』。我が軍でも、本格的に導入を試みてはいるのだが……。やはり、実戦を知る貴殿の目で、直接、指導をいただけると、兵たちの士気も、格段に違ってくる」


 その、あまりに真剣な眼差し。

 僕は、その申し出を、断る理由など、持っていなかった。


「……わかった。僕でよければ、喜んで。完治したら、すぐにでも、訓練に復帰するよ」


「本当か! かたじけない、フェリクス殿!」


 僕の言葉に、ザイン殿は、ぱあっと、顔を輝かせた。その笑顔は、屈強な軍人というよりは、まるで、褒められた少女のように、無邪気で、可愛らしかった。


(……うん。やっぱり、間違いない)


 僕は、その笑顔を見て、確信した。

 この人は、女性だ。

 でも、彼女は、その事実を隠し、司令官『ザイン』として、この国を守ろうと、必死に戦っているんだ。


(だったら、僕が、それを暴く権利はない)


 僕は、何も気づかなかったふりをすることにした。

 その時、部屋の外から、祈りの歌のような、荘厳で、美しい声が聞こえてきた。


「なんだろう、この歌?」


「ああ、あれは……」


 ザイン殿は、窓の外……港の方角を見つめ、少しだけ、誇らしげに、言った。


「あれは、『乙女の祈り』だ。このラス・バハールの港を守る、海の女神様への、感謝の歌だよ」


 彼は、まるで、遠い昔を懐かしむかのように、目を細めた。


「この港の女たちは、皆、気が強くてね。男たちが漁に出ている間、自分たちの手で、この港を守ってきたんだ。あの歌は、彼女たちの、誇りの歌でもある」


 その横顔は、僕が知るどんな男性よりも、凛々しく、そして、どんな女性よりも、美しかった。

 僕は、その横顔を、ただ、じっと見つめていた。

 この、複雑で、魅力的な人物と、そして、この国と、僕は、これから、どう関わっていくことになるのだろうか。

 そんな、まだ見ぬ未来への、不思議な予感が、僕の胸を、静かに、満たしていった。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ