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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第27話 アシュレイさんの悩み

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴158年 8月20日 夕暮れ』


 ハーグの夏は、活気に満ちていた。東方との交易も始まり、畑では新たな作物がすくすくと育っている。だが、そんな中で、一人だけ元気のない人物がいた。アシュレイさんだ。

 あれほど賑やかだった彼女の工房から、最近は甲高い笑い声も、派手な爆発音も聞こえてこない。心配になった僕は、工房を訪ねてみることにした。


 工房の中は、様々な金属部品や、複雑な設計図の描かれた羊皮紙で散らかっていた。その中心で、アシュレイさんが一人、腕を組んで深いため息をついていた。


「アシュレイさん、元気ないね。どうしたの?」


 僕が声をかけると、彼女は力なく顔を上げた。片眼鏡の奥の瞳が、いつになく曇っている。


「あ……ライルさん……。いえ、なんでもないっスよ」

「なんでもなくないでしょ。最近、工房から爆発音が聞こえないから、みんな心配してるよ」


 僕がそう言うと、彼女は観念したように、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……大砲の開発に、行き詰まってるんスよ。威力は十分なんスけど、もっと射程を伸ばそうとか、精度を上げようとすると、どうしても砲身が圧力に耐えきれないか、山のように巨大になりすぎるかで……。私、もしかしたら、才能ないのかもしれないっス……」


 うつむく彼女の姿は、いつもの自信に満ちた姿とは、まるで別人だった。僕は、難しいことはよくわからない。でも、彼女が悩んでいることは、痛いほど伝わってきた。


「うーん……。お腹が空いてると、いい考えも浮かばないっていうし。僕の部屋に、美味しい豚肉と焼きトウモロコシがあるんだ。一緒に食べようよ。気晴らしになるって!」


 僕は、彼女の手を引いて、半ば強引に工房から連れ出した。


 その夜、僕たちは、暖炉の火を囲んで、他愛もない話をしながら酒を飲んだ。アシュレイさんは、最初は遠慮していたが、エールを飲むうちに、少しずつ普段の調子を取り戻し、楽しそうに笑うようになった。

 エールと、暖炉の炎のせいで、彼女の瞳が潤んで見えた。彼女が一人で抱えていたプレッシャーや悩みを、少しでも軽くしてあげたい。僕は、ただ、そう思った。

 気づけば、僕は彼女の震える肩を、そっと引き寄せていた。工房から聞こえてくるのは、槌の音ではなく、ただ静かな虫の声だけだった。


 翌朝。僕が目を覚ますと、隣で眠っていたアシュレイさんが、すっきりとした顔で僕に微笑みかけた。


「いやー、昨日はごちそうさまでした! なんだか、ライル様の大砲、ものすごかったっス……」


 彼女の悪戯っぽい笑顔に、僕はその言葉の裏の意味にも気づかず、素直に答えた。


「ははっ、そうかな? でも僕の、結構小さいよ?」


「え?」


「……あ、そうだ! アシュレイさん!」


 僕は、何かを思いついて、彼女に言った。


「大砲もさ、もっと大きくするんじゃなくて、逆に小さくすればいいんじゃないの? ほら、兵士さんが一人で持てるくらいにさ!」


 僕のその一言に、アシュレイさんの動きが、ぴたりと止まった。


「小さく……? 兵士が、一人で……?」


 彼女の片眼鏡の奥の瞳が、カッと見開かれる。彼女は、ベッドから飛び起きると、近くにあった炭の欠片を掴み、壁に直接、設計図を描き始めた。


「ハッ! そうか! スケールダウン! 砲身を長く、口径を極端に小さくすれば、火薬の爆発エネルギーを、たった一つの小さな弾丸に集中させられる! そうすれば、貫通力も、射程も、精度も、飛躍的に向上する……! ライルさん、あんた、やっぱり天才っスよ!」


 そう叫ぶと、彼女は僕の頬にちゅっとキスをして、服を着るのもそこそこに、嵐のように部屋から飛び出していった。


 それから、しばらくしたある日のこと。

 僕とヴァレリアは、疲れきっているが、恍惚とした表情のアシュレイに、練兵場へと呼び出された。彼女の手には、黒光りする、奇妙な長い鉄の筒が握られていた。


「お待たせしました! これが、ライルさんのアイディアから生まれた、私の新たな最高傑作! 名付けて、『銃』です!」


 アシュレイは、傭兵の一人にその『銃』を構えさせた。ターゲットは、五十歩ほど先に置かれた、藁を詰めた、鹵獲品の分厚い鋼鉄鎧だ。


 兵士が引き金を引くと、大砲とは比べ物にならない、鋭く甲高い炸裂音が響いた。

 僕たちが、おそるおそる鎧の的に近づくと、その分厚い胸当てのど真ん中に、指の先ほどの大きさの、綺麗な穴が、ぽっかりと空いていた。


 ヴァレリアが、その穴に指をそっと通し、息をのんだ。彼女の顔は、驚きと、恐怖と、そして歓喜で、青ざめていた。


「……この武器は、騎士の時代の終わりを、告げるかもしれません」


 彼女は、僕とアシュレイの方を振り向くと、いつもの冷静さを失い、興奮した声で言った。


「量産しましょう! 今すぐにです! そうしましょう!」


 二人の女性の、あまりの熱意に、僕は少しだけ後ずさりしながら、答えた。


「えー、じゃあ、その件は、アシュレイさんとヴァレリアさんに任せたよ。僕は、そろそろ大豆の様子を見てこないと……」


 僕は、軍事革命の始まりを告げる、その黒い鉄の筒に背を向けると、いつもと変わらない、平和な畑の方へと歩き出したのだった。

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