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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第262話 ゼナラ革命はハーグへラブコールを送る

【市民革命軍司令官 ラシード視点】


『アヴァロン帝国歴178年 3月10日 昼 晴れ』


 ゼナラ王国の首都サファリダの空は、どこまでも青く澄み渡っていた。

 わたくしが立つ、この王宮のバルコニーから見下ろす街は、まだ昨日の革命の熱気と喧騒、そして硝煙の匂いを色濃く残している。だが、それは破壊の匂いではない。腐敗しきった古い時代が終わり、新しい時代の夜明けを告げる、希望の匂いであった。


(やった……。わたくしたちは、ついにやり遂げたのだ)


 麻薬『ルフェン』に国を蝕まれ、民は骨抜きにされ、王族は私腹を肥やすことしか考えぬ。あの絶望的な状況から、わたくしたちは、自らの手で、この国を解放したのだ。

 だが、バルコニーから聞こえてくる民衆の声は、勝利を祝う歓声だけではなかった。


「旧王族の財産は、俺たちのものだ!」

「ルフェンを売りさばいていた悪徳商人を吊るせ!」


 飢えと、長年の抑圧から解放された人々のエネルギーは、時に、制御不能な暴力へと姿を変える。

 わたくしが、眉間に深い皺を刻んだ、その時だった。背後から、重厚な、しかし落ち着いた声がした。


「ラシード司令官。民衆の熱狂は、長くは続きませぬ。むしろ、この熱をいかにして、国を再建する力へと変えるか。今が、正念場ですな」


 振り返ると、そこに立っていたのは、わたくしの参謀役である、老練な元学者、イブラヒムであった。その冷静な瞳は、すでに、この革命の、さらに先を見据えている。

 イブラヒムの言葉を遮るように、今度は、血気盛んな声が、部屋に響き渡った。


「じいさん、固いこと言うなよ! 解放されたんだ! 少しぐらい、民が好きにやったって、罰は当たらねえだろ!」


 腰に湾曲した剣を下げた、元傭兵の若者、カリーム。彼は、この革命で最も勇猛に戦った男の一人であった。だが、彼にとっての『自由』とは、無法と同義であった。


「それに、腹が減っては戦はできぬ、ってな! まずは、貴族どもの食料庫を解放して、みんなで腹いっぱい飯を食うのが先決だ!」


「カリーム、それは略奪だ」


 わたくしが、静かに、しかし、きっぱりと告げる。


「それでは、わたくしたちも、前の王族と、何も変わらなくなってしまう」


「ちっ……。理屈っぽいのは好かねえな!」


 カリームは、忌々しげに吐き捨てると、部屋の隅で腕を組んで黙り込んでしまった。

 イブラヒムが、一枚の地図をテーブルの上に広げた。だが、それはゼナラ王国の地図ではない。遠く離れた、アヴァロン大陸の地図であった。


「ラシード司令官。我らが目指すべきは、無法の楽園ではありますまい。真の市民国家です。そして、その、最高の見本となる国が、この大陸に、一つだけございます」


 彼の、皺の刻まれた指先が、北の一点を、力強く指し示した。


「ヴィンターグリュン王国……首都ハーグ。かの国は、元は一人の農民であったライル・フォン・ハーグという男が、その手で作り上げた国。そこでは、貴族も市民も関係なく、選挙によって選ばれた者たちが議会を開き、国の未来を決めていると聞きます」


 ハーグ。その名は、わたくしたち革命軍の間では、一種の伝説となっていた。

 わたくしたちは、闇ルートで手に入れたラジオで、毎日のように、ハーグからの放送を聞いていたのだ。豊かな食文化、進んだ技術、そして何より、そこに暮らす人々の、自由で、活気に満ちた声。それは、わたくしたちにとって、暗闇の中の、唯一の光であった。


「イブラヒム……。お主の言いたいことは、わかる。じゃが、かの国は、我らにとって、あまりに遠い。それに、マルコとかいう探検家提督が、我が国の前王を打ち破った、いわば敵国でもある。手を結ぶことなど、できようか?」


「だからこそ、です」


 イブラヒムは、静かに、しかし、確信に満ちた声で言った。


「我らは、戦いを望んでいるのではない、と。彼らが築き上げた、市民による統治の『知恵』を、学びたいのだ、と。そう、礼を尽くして、使者を送るのです。これ以上の、友好の証はありますまい」


 その言葉に、わたくしの心は決まった。


「……わかった。イブラヒム、すぐに準備を」


 わたくしは、王宮の一角に残されていた、一台の電信機の前へと向かった。それは、前王が、私的な贅沢のために、アヴァロン帝国から取り寄せたものだと聞く。


「カリーム、お主もだ。これからは、力だけでなく、知恵も必要になる。不満かもしれぬが、ついてきてくれるな?」


「……へっ、司令官の命令とあっちゃあ、仕方ねえ。それに、そのハーグって国の飯が、どれだけ美味いもんか、少しだけ興味も湧いてきたんでね」


 カリームは、ぶっきらぼうに、しかし、その目には確かな忠誠の色を浮かべて、頷いてくれた。

 わたくしは、電信技官に、短い、しかし、この国の未来の全てを託した、一通の電文を、口述した。


『――敬愛スル、ヴィンターグリュン王国国王、並ビニ市民議会ヘ。我ラ、ゼナラ市民革命軍、貴国ノ掲ゲル、自由ト民主ノ理念ニ、深キ感銘ヲ受ケシ者ナリ。願ワクバ、我ラニ、ソノ知恵ヲ授ケタマエ。我ラハ、血デハナク、友好ヲ求メル』


 カタ、カタ、カタ……。

 乾いた打鍵音が、新しい国の、産声のように、静かな王宮に響き渡った。

 この、ささやかなラブコールが、遠い北の都に届くことを、わたくしは、ただ、祈ることしかできなかった。


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