第261話 ノーラとフェリクスの結婚式、そしてゼナラでの『革命』
【ノーラ視点】
『アヴァロン帝国歴178年 3月10日 昼 晴れ』
鏡に映っているのは、本当にわたしなんだべか……?
雪みたいに真っ白で、ふわふわのレースがたくさんついたドレス。髪は綺麗に結い上げられて、小さな真珠の飾りがキラキラと輝いている。
村にいた頃の、泥んこで、おてんばだったわたしの姿は、どこにもありませんでした。
「わあ、ノーラちゃん、すごく綺麗っスよ!」
「ええ、まるで本物のお姫様のようですわ」
アシュレイ母様とヴァレリア母様が、わたしの両側から、うっとりとした顔でそう言ってくださいます。
なんだか、すごく恥ずかしくて、顔から火が出そうでした。
窓の外からは、街中の人々がお祝いのために鳴らす鐘の音と、陽気な音楽、そして「皇太子殿下、ご成婚おめでとう!」という、たくさんの人の声が聞こえてきます。帝都ハーグの街全体が、わたしたちの結婚を、祝福してくれている。
その、あまりに大きな幸せに、胸がいっぱいで、泣きそうになってしまいました。
「さあ、行こうか、ノーラ」
部屋の扉が開き、ライル父様が、優しい笑顔で手を差し伸べてくれました。
わたしは、その大きな、温かい手に導かれて、式の会場である、帝都の大聖堂へと向かいました。
大聖堂の中は、たくさんの人で埋め尽くされていました。
そして、そのほとんどが、今日からわたしの、新しい『家族』になる人たちでした。
北の地から駆けつけてくれた、女王フリズカ様とその息子のシグルド兄様。ニヴルガルドからは、美しいヒルデ様と、お転婆なソフィアちゃん。遠い砂漠の国からは、エキゾチックなファーティマ様と、お人形さんみたいに可愛いジャスミンちゃん。
そして、いつの間にか、祭壇の一番近くの席に、黒いローブ姿のノクシア様と、銀色の髪が綺麗なアウロラちゃんが、ちょこんと座っています。
(うわあ……。ライル父様、奥さんと子供、本当にたくさんいるんだべ……出席できなかったアズトランのシトラリさんもいるって言うから、本当はもっと多い……)
その、あまりの大家族ぶりに、わたしは、ただただ圧倒されるばかりでした。
ですが、皆、わたしに気づくと、「新しい妹ができたわ!」「よろしくね、ノーラ義姉さん!」と、自分のことのように、笑顔で迎えてくれたのです。
会場の、一番後ろの隅っこで、三人の女性と、一人の男性が、そわそわと、落ち着きなく立っていました。わたしのお父ちゃん、お母ちゃん、そして姉っ子たちです。
わたしは、少しだけ胸を張って、彼らの元へと歩み寄りました。お父ちゃんは、わたしの顔をまともに見れず、ずっと俯いていましたが、最後に、ぽつりと、小さな声で「……綺麗だ」と、そう言ってくれました。
それだけで、十分でした。
やがて、荘厳なパイプオルガンの音色が、聖堂に響き渡ります。
わたしは、ライル父様に手を引かれ、ゆっくりと、バージンロードを歩き始めました。
その先に、祭壇の前で、凛々しい礼服に身を包んだ、フェリクス様が待っています。その姿が、あまりに素敵で、わたしは、もう、まっすぐに彼の顔を見ることができませんでした。
そして、わたしは、二度目の衝撃を受けました。
わたしたちの前に立つ、神父役の人物。その顔には、見覚えがありました。
(ぴ、ピウス七世猊下様!? 帝国の、教皇様が、どうしてここに!?)
その、あまりに高貴な方の前で、わたしとフェリクス様は、愛を誓いました。
誓いのキスの時、フェリクス様の唇が、わたしの唇に、そっと触れた瞬間。大聖堂は、割れんばかりの拍手と、祝福の歓声に包まれました。
結婚式が終わった後、白亜の館では、身内だけの、アットホームな披露宴が開かれました。
テーブルには、食べきれないほどのご馳走が並び、子供たちが元気に走り回り、大人たちは、美味しいお酒と料理に、笑い声を弾ませています。
わたしも、ようやく緊張が解けて、フェリクス様の隣で、夢のような、幸せな時間を、噛み締めていました。
そんな、和やかな宴の、さなかでした。
影のように、ユーディルさんがライル父様のそばに現れ、一枚の電信文を、そっと手渡したのです。
それに目を通した、ライル父様の顔から、ふっと、笑顔が消えました。
「……どうしたの、父さん?」
フェリクス様の問いに、ライル父様は、難しい顔で、首を傾げました。
「うーん……。ゼナラ王国のサファリダで、『革命』なるものが、起こった、と……」
革命? 聞き慣れない言葉です。
「なんだい、それは? 新しいお祭りかい?」
ライル父様がそう言うと、ユーディルさんが、静かに、しかし、はっきりと答えました。
「いえ。要は、軍による、王政の転覆……。クーデターかと」
その、不穏な言葉に、あれほど賑やかだった宴席が、水を打ったように、静まり返りました。
わたしの、人生で一番幸せなはずの一日に、遠い東の国から吹いてきた、冷たい風。
それが、これから始まる、新しい時代の嵐の、ほんの始まりに過ぎないことを、この時のわたしは、まだ、知る由もなかったのです。
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