第26話 探検家? 支援してあげればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴158年 7月15日 夕暮れ』
ハーグの夏は、穏やかだった。僕は、執務室の隣に作った縁側のような場所で、採れたての大豆を塩茹でした「枝豆」を肴に、冷えたエールを一杯やっていた。この食べ方は、ゲオルグさんと試行錯誤の末にたどり着いた、僕たちだけのささやかな発明だ。
「ライル様、あーん……」
「まあ、ヒルデさん。わたくしがやりますわ」
「……ライル、温かい……」
右手からはヒルデが、左手からはファーティマが、僕の口元に枝豆を運んでこようと火花を散らしている。そして、背中には、いつの間にかローブをはだけさせたノクシアが、すり寄ってきていた。
(うーん……そろそろ、誰か一人に決めないと、さすがにまずいのかなあ……。でも、どうやって選べばいいんだろう……)
そんなことをぼんやり考えていた時だった。ヴァレリアが、少し困ったような、面白いものを見つけたような、複雑な表情でやってきた。
「閣下。いえ、ライル王。お客様にございます。マルコ・フォン・ブラントと名乗る、探検家だそうですが」
執務室に通されたその男は、日に焼けた顔に、自信に満ちた瞳を宿していた。その手には、古びた羊皮紙の地図が握られている。
「お初にお目にかかります、北方の王ライル陛下。私は、探検家のマルコと申します。本日は、陛下に、我が壮大なる夢へのご支援を賜りたく、参上いたしました」
彼が広げた地図には、僕たちの知る大陸の、さらに向こう側まで続く、壮大な航路が描かれていた。
「私は、この世界を、船で一周したいのです。前人未到の偉業を成し遂げたい。私には知識と、経験と、そして覚悟がございます。ですが、この夢を叶えるための、頑丈な船と、屈強な船員を雇う資金がございません。陛下の寛大なるお人柄と、常識にとらわれぬご慧眼の噂を伺い、馳せ参じた次第です」
「世界一周……。そのリスクは計り知れません。成功の保証もなく、投資としては、あまりに割に合いませんよ」
ヴァレリアが、冷静に切り捨てる。だが、僕は、彼女の言葉とはまったく違う部分に、心を奪われていた。
「うーん、世界一周かあ、すごいね! いいよ、お金、出してあげる!」
「閣下!?」
驚くヴァレリアを尻目に、僕はマルコに向かってにこりと笑った。
「そのかわり、約束してほしいんだ。旅の途中で、僕の知らない珍しい農作物とか、美味しい果物の種とかを見つけたら、どんなものでもいいから、必ず持って帰ってきてね!」
僕のあまりに風変わりな条件に、探検家マルコは一瞬きょとんとした後、腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! 面白い! 面白いお方だ! 承知いたしました! このマルコ、全世界の珍しい種を、陛下の御前にお持ちしましょう! 必ずや、ご期待に添うようにいたします!」
ヴァレリアは深いため息をつきながらも、僕の命令に従い、金貨が詰まった袋をマルコに手渡した。
それから数週間後。今度は、東方交易路から、サラム王国との最初の公式な交易品を積んだ隊商が、ハーグに到着した。きらびやかな絹織物、美しい宝石、芳しい香辛料。そのどれもが、帝都でもめったにお目にかかれない、最高級の贅沢品だった。
「へえ、きれいだねえ。……うん、これは全部、ユリアン皇帝への日頃の感謝の贈り物にしよう。きっと喜んでくれるよ」
僕は、それらの贅沢品には目もくれず、荷物の一番奥にしまわれていた、小さな木箱を手に取った。それは、ファーティマのお父さんであるラシード王からの、僕個人への贈り物。中には、僕が見たこともない、様々な作物の種子と、その育て方が記された羊皮紙が、ぎっしりと詰められていた。
翌日、僕はその木箱を抱えて、ゲオルグさんのもとへと走っていた。
「ゲオルグさん、見てよ! 東の国の、新しい種だよ!」
「おお……ライル様! これは……なんと! 砂漠のような乾燥した土地でも育つという、伝説の豆や、香りの強い薬草ではございませんか! 素晴らしい!」
僕とゲオルグさんは、子供のように目を輝かせ、まるで宝物を眺めるように、種の一粒一粒を掌に載せた。
「でしょ!? さっそく、新しい畑の準備をしようよ、ゲオルグさん!」
「はい、お任せください!」
僕たちは、にやりと笑い合うと、まだ見ぬ収穫を夢見て、夏の日差しが降り注ぐ畑の方へと、駆け出していった。
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