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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第258話 ファーティマと娘ジャスミン、ハーグへ向かう

【ファーティマの娘ジャスミン視点】


『アヴァロン帝国歴178年 2月25日 朝 晴れ』


 サラム王国の朝は、窓から差し込む陽光が砂色の壁を黄金に変える、穏やかな時間から始まります。ですが、今朝の母宮は、どこか落ち着かない空気に満ちておりました。

 わたくしの母、ファーティマが、侍女たちをせかしながら、衣装部屋に仕舞い込んだありったけのドレスを引っ張り出していたからです。その瞳はきらきらと輝き、鼻歌まで聞こえてきそうです。

 わたくしは、その光景を、肘掛け椅子に深くもたれかかり、ジト目で眺めておりました。

 大体、母様がこれほどまでにはりきっておられる時は、ろくな事がございません。


(……この前の、ラジオの二の舞は、もうごめんですわ)


 つい先日も、そうでした。

 父ライル・フォン・ハーグ様が治めるヴィンターグリュン帝国では、『ラジオ』という魔法の箱が大流行しているらしく、その流行の波は、遠くこのサラム王国にまで届いておりました。我が国でもハーグを真似てラジオ局が作られ、その記念すべき最初の放送のゲストとして、母様が招かれたのです。

 もちろん、母様は大はりきりでした。「わたくしの美声と、異国の魅力を、存分に伝えてまいりますわ!」などと息巻いて。

 その結果が、どうでしたか。番組の企画で、サラム王国の家庭料理をスタジオで作るという段になった時、事件は起きました。母様は、わたくしたちが普段口にしている羊肉の煮込みを、実に自信満々に作り始めたのですが……。


『ええと、ファーティマ様? その、お鍋から、少し、焦げ付いた匂いが……』

『あら、香辛料の香りですわよ? これが、異国の香りというものですの。さあ、おあがりなさい』

『は、ははは……。い、いただきます……。……んぐっ!?』


 ラジオから聞こえてきた、パーソナリティの方の、ひきつった悲鳴にも似た声。わたくしは、その放送を、自室のラジオで聞いておりました。ええ、聞いておりましたとも。

 次の日、学校へ行くと、友人たちから、それはもう、さんざんにからかわれたものです。

「ジャスミン様のお母様、お料理がお上手ですこと!」なんて、にやにやしながら。

 ええ、そうなのです。わたくしの母様は、驚くほど、お料理が下手なのです。普段の食事は、全て宮殿の料理人任せ。その事実が、ラジオ放送によって、サラム王国中に知れ渡ってしまったのでした。


「それで母様、何をそんなに浮かれていらっしゃるのですか? また、ラジオのゲストにでも招かれたのですか?」


 わたくしが、少しだけ嫌味を込めてそう尋ねると、母様は山と積まれたドレスの中から、振り返りもせずに答えました。


「あら、ジャスミン。聞いていなかったの? フェリクスくんが、ご結婚なさるのよ! その結婚式に、わたくしたちも招待されたの! さあ、あなたも早く、着ていく服を選びなさい!」


「ええっ!? フェリクス兄様が、ご結婚!?」


 その言葉に、わたくしは椅子から飛び上がっておりました。

 フェリクス兄様。父ライルを同じくする、腹違いの兄。わたくしがまだ幼い頃、あの、白亜の館で一緒に暮らした、優しくて、少しだけ真面目すぎるお兄様。

 その知らせは、先ほどの母様に対するうんざりした気持ちなど、どこかへ吹き飛ばしてしまうほど、嬉しいものでした。


(そうなのね……。あの、フェリクス兄様が……)


 少しだけ、母様の浮かれた気持ちが分かったような気がしました。わたくしも、胸の奥が、ぽかぽかと温かくなるのを感じます。


「さあ、急いで! どんなドレスが、あちらの国では好まれるかしら……」


 わたくしも、うきうきとした気分で、砂漠の民の血を引く者として、最も美しい民族衣装を選び始めました。金糸で刺繍された、薄手の絹のドレス。ターコイズの宝石が揺れる、髪飾り。

 ですが、ふと、ある懸念が頭をよぎります。


「でも母様、ハーグは、この時期、まだ寒くはございませんか?」


 その言葉に、母様も、ぴたりと手を止めました。


「そうでしたわ……。わたくしとしたことが、すっかり忘れておりました。北の地は、この時期、まだ雪が残っているかもしれないと、ライル様が電信で……」


 母様は、うーん、と腕を組んで考え込んでしまいます。

 ですが、すぐに、ぱん、と手を叩きました。


「まあ、いいですわ! ハーグで、新しい冬物のコートでも買えばよろしいのです! さあ、行きましょう!」


 その、あまりにいつも通りの、楽天的な結論。わたくしは、やれやれと肩をすくめながらも、その背中を追いかけました。

 わたくしたちのために用意された、王家専用の特別列車に乗り込む。窓の外では、父の跡を継いだ叔父上のカシム王が、笑顔で手を振ってくれておりました。

 ガタン、ゴトン……。

 列車が、ゆっくりと動き出す。


(いざ、目指せハーグ、ですわね!)


 久しぶりに会う、父ライル。そして、新しい家族。何より、結婚するという、フェリクス兄様。

 どんなお顔をされているかしら。どんな、お話をしようかしら。

 久しぶりのハーグへの旅に、わたくしの心は、砂漠に咲く花のように、大きく、そして華やかに、躍っておりました。


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