第257話 結婚式~春にやりましょう!~
【ノーラ視点】
『アヴァロン帝国歴178年 2月24日 朝 晴れ』
白亜の館の朝食は、いつも太陽の光みたいに温かくて、幸せな香りで満ちている。
焼きたてのパンに、アシュレイ母さんが作ったばかりの、甘いイチゴのジャムをたっぷり塗る。わたしは、その小さな幸せを噛みしめながら、向かいの席に座るフェリクス様の横顔を、こっそりと盗み見た。朝日を浴びたその髪は、きらきらと金色に輝いていて、ただそれを見ているだけで、胸の奥が、ぽかぽかと温かくなる。
(……結婚、かあ)
先日、闇バーの二階でプロポーズされてからというもの、わたしの頭の中は、その四文字でいっぱいで、時々、ふわふわと雲の上を歩いているみたいな気分になる。
そんな、わたしの心を読んだかのように、ライル父さんが、ぱん、と大きな手を叩いた。
「そうだ! フェリクスとノーラちゃんの結婚式、そろそろちゃんとやらないとね!」
その、あまりに突然な一言に、わたしは口に含んだパンを、危うく噴き出しそうになった。
「えっ、け、結婚式、ですか!?」
「うん! 盛大にやろうよ! 国中のみんなを呼んで、三日三晩、お祭り騒ぎだ!」
ライル父さんが、いつものように、実に楽しそうにそう言うと、隣に座っていたアシュレイ母さんが、じろり、と冷たい視線を向けた。
「へえ、盛大に、ねえ。……ところでライル、あんたと私の結婚式って、どうだったっけ? なんだか、収穫祭のついでに、いつの間にか始まって、いつの間にか終わってたような気がするんスけど?」
その言葉に、反対側に座っていたヴァレリア母さんも、静かに、しかし、確かな圧を込めて続く。
「そういえば、私に至っては、まだ式すら挙げておりませんね。いつの間にか、子供まで生まれておりましたが」
「うっ……!」
二人の、あまりに正論な嫌味に、ライル父さんは「そ、それは、その……あの時は、色々と忙しかったというか……」と、たじたじになっている。その、少しだけ情けない姿に、わたしは、思わずくすりと笑ってしまった。
そんな、和やかな(?)空気の中、フェリクス様が、顔を真っ赤にしながら、わたしの手を、テーブルの下で、ぎゅっと握りしめてきた。
「の、ノーラちゃん……」
「は、はいっ!」
わたしも、顔から火が出そうなくらい熱くなって、ただ、こくこくと頷くことしかできない。結婚。その言葉の響きが、なんだかすごく、恥ずかしくて、でも、どうしようもなく嬉しかった。
その日の午後には、もう、街の様子は一変していた。
わたしとフェリクス様の婚約の話は、ハーグ・タイムスの特別号外として、あっという間に帝都中に知れ渡ったのだ。
『祝! フェリクス皇太子殿下、ご成婚へ! お相手は、あのシンデレラガール、ノーラ嬢!』
街角のラジオからは、お祝いの特別番組が流れ、商店街では「祝・ご成婚記念セール」なんていう、気の早い旗まで掲げられている。すれ違う人々が、みんな「おめでとう!」と、自分のことのように、笑顔で祝福してくれた。
ハーグの街全体が、一つの大きなお祝いムードに包まれている。
「すごいことになっちゃったね……」
その日の夕食の席で、ライル父さんが、少しだけ呆れたように、でも、どこか嬉しそうに笑った。
「まあ、これだけ盛り上がってるんだから、中途半端な式はできないわね。ちゃんと準備しないと」
ヴァレリア母さんの、その鶴の一声で、わたしたちの結婚式は、雪解けを待った、春に行われることが、正式に決まった。
春。花が咲き乱れ、新しい命が芽吹く季節。
その、一番美しい季節に、わたしは、この国で一番素敵な人の、お嫁さんになる。
その日を夢見て、わたしの心は、春を待つ蕾のように、期待に、大きく、大きく、膨らんでいくのでした。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




