第254話 ライル、パパ活で息子(フェリクス)の結婚報告をする ~うーん、僕も年をとるわけだよなぁ~
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴178年 2月21日 昼 晴天』
まだ少しだけ冬の冷たさが残るものの、空はどこまでも青く澄み渡っていた。帝都ハーグの、いつもの公園。雪がうっすらと積もった滑り台からは子供たちの甲高い歓声が聞こえ、広場では小さな芸術家たちが、雪だるま作りに夢中になっている。
僕の居場所は、その公園の一角にある、日当たりの良いベンチだ。今日も今日とて、僕の最も重要な公務の一つ、『パパ友の会』が開かれていた。
「いやあ、うちの娘も、ようやく一人で歩けるようになったのはいいんだが、今度は引き出しの中のものを、全部引っ張り出しちまうんで、女房が毎日、悲鳴を上げてるよ」
鍛冶屋のバルネが、幸せそうに、しかし、どこか疲れた顔でぼやく。その言葉に、パン屋のローベンが、深く、深く頷いた。
「わかるぜ……。うちの息子なんて、この前、発酵前のパン生地に、顔からダイブしちまってよぉ。顔中、べったべたにして、けらけら笑ってやがった。あれには、さすがに、カミナリを落としてやったがな」
父親たちの、尽きることのない育児の苦労話。僕は、その一つ一つに「わかるなあ」と相槌を打ちながらも、なんだか少しだけ、彼らが羨ましかった。
僕の息子たち……レオは、もうすっかり大人びてしまって、アシュレイ工廠の研究所にこもりっきり。フェリクスも、皇太子としての公務で、毎日忙しそうにしている。
あんなに小さくて、僕の膝の上で眠っていた息子たちが、もう、僕の手を離れて、自分の足で歩き始めている。
(そっかあ……。僕も、年をとるわけだよなあ……)
そんな、少しだけセンチメンタルな気分に浸っていると、隣に座っていたマルクさんが、僕の肩を、ばんばん、と力強く叩いた。
「どうしたんだよ、ライルさん。らしくもねえ、しけた顔しやがって。さては、また奥さんたちに、何かやらかしたな?」
「ち、違うよ! ただ、子供の成長は早いなあって、思ってただけさ」
僕がそう言うと、マルクさんは、にやりと、実に意地悪そうに笑った。
「へっ、違えねえ。……そうだ、みんな! こんな日は、ちいとばかし、贅沢しようじゃねえか! 西通りのでっかい風呂屋『ハーグの湯』で、昼間っから、汗を流すってのはどうだ!」
その提案に、父親たちの目が、きらりと輝く。
「おお、そいつはいいな!」
「だが、今日はちいと、懐が寂しくてよぉ……」
皆が、同じような顔で、自分の財布を気にしている。
僕は、そんな仲間たちの顔を見回して、にこりと笑った。
「よし! それなら、今日の風呂代は、僕が持つよ! みんな、子供たちも連れて、遠慮なくおいで!」
僕の一言に、父親たちの顔がぱっと明るくなった。
「本当かい、ライルさん! そいつはありがてえ!」
「よっしゃあ! あんたが大将だ!」
「これで女房に小遣いの使い道を問い詰められずに済むぜ!」
こうして僕たちは、それぞれの子供の手を引き、わいわいと騒ぎながら、ハーグの街にある、すっかりお馴染みとなった自慢の公衆浴場へと向かった。
木の香りがする、広々とした湯殿。湯気が立ち込める中、子供たちが、まるで水を得た魚のように、湯船の中ではしゃぎ回っている。僕たち父親は、そんな彼らの姿を、目を細めて眺めながら、大きな湯船に、だらしない格好で体を沈めた。
「はあぁぁ……。生き返る……」
体の芯まで、じんわりと温まっていく。日頃の、面倒な書類仕事の疲れが、全部、お湯の中に溶けていくようだった。
しばらく、他愛もない世間話が続いた後、マルクさんが、ふと、思い出したように僕に尋ねた。
「そういや、ライルさんよ。あんたんとこの、フェリクス皇太子殿下。この前、ラジオにゲストで出てたじゃねえか。隣にいた、あの副官のノーラちゃんとかいう娘と、いい仲なんだって噂だぜ?」
その、あまりに直球な質問。僕は、少しだけ照れくさかったけど、でも、それ以上に、誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「ああ、実はさ……」
僕は、湯気で少し火照った顔を、ごしごしと拭うと、仲間たちに、最高の報告をした。
「うちのフェリクス、あのノーラちゃんと、結婚することになったんだ」
その一言に、湯船の中が、一瞬だけ、しんと静まり返った。
そして、次の瞬間、爆発したような、祝福の歓声が、湯殿中に響き渡った。
「うおおおおっ! 本当かよ、ライルさん!」
「そりゃあ、めでてえ! あのラジオを聞いてりゃ、誰だって、そうなると思ってたぜ!」
「皇太子殿下と、村娘の恋! まるで、物語みてえじゃねえか!」
仲間たちが、自分のことのように、喜んでくれる。その、温かい言葉の一つ一つが、僕の胸を、熱くした。
「ありがとう、みんな。……なんだか、僕も、ようやく肩の荷が下りたっていうか。あの子も、もう、立派な一人前の男になったんだなあって、さ」
僕が、しみじみとそう言うと、バルネが、大きな体で、僕の背中を、ごしごしと力強く洗い始めた。
「何言ってやがんだ、ライルさん。あんたは、いつまでも、俺たちの自慢の王様で、最高のダチだよ。息子が結婚したくれえで、隠居するには、まだ早すぎるぜ!」
「そうだ、そうだ!」
湯上がりの、火照った体で、僕たちは、番台で売られていた、キンキンに冷えたフルーツ牛乳の瓶を、高々と掲げた。
「フェリクス皇太子殿下と、ノーラちゃんの、輝かしい未来に!」
「「「乾杯!」」」
甘くて、冷たい液体が、喉を心地よく通り過ぎていく。
(……そっか。僕の周りには、いつだって、こんなに温かい仲間たちがいてくれたんだな)
息子の結婚。その、父親としての、少しだけ寂しくて、でも、どうしようもなく嬉しい気持ちを、分ち合える仲間がいる。
僕が作り上げてきたこの国は、本当に、いい国になったんだなあ、と、心の底から、そう思った。
窓の外では、春の訪れを予感させる柔らかな日差しが、僕たち父親と、その子供たちを、平等に、そして、温かく、照らしていた。
(でも隠居か……隠居して、畑とかやりたいなぁ)
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




