第253話 ノーラのフェリクス攻略作戦。射撃場にて。
【ノーラ視点】
『アヴァロン帝国歴178年 2月19日 昼 晴天』
約束の日。わたしは、生まれて初めて「デート」というものを経験しておりました。
皇宮の裏手にある、だだっ広い射撃場。火薬の匂いと、乾いた風。およそ乙女チックとは言えない場所でしたが、わたしの心は、春の花畑のように、浮かれに浮かれていたのです。
「よう、二人とも、待ってたぜ!」
射撃場には、レオ様が、子供がおもちゃを自慢するように、ずらりと最新式のライフルを並べて待っていました。
フェリクス様は、その黒光りする銃身を、実に楽しそうに、愛おしそうに撫でています。その横顔は、いつもの穏やかな皇太子様ではなく、まるで、獲物を見つけた狩人のようでした。
(……なんだか、今日のフェリクス様、少し、様子がおかしい……?)
胸の奥で、ちいさな違和感が芽生えます。ですが、彼が銃の構え方を教えてくれる時、わたしの肩にそっと触れた、その大きな手の温かさに、そんな不安は、すぐにどこかへ吹き飛んでしまいました。
ライフル射撃に続いて、レオ様が、木箱から、まるで鉄の果実のようなものを取り出します。
「次は、手りゅう弾だ! ノーラちゃんも、投げてみるかい?」
「ひゃっ!? て、手りゅう弾!?」
フェリクス様は「危ないから、僕が手本を見せるよ!」と言うと、実に楽しげに、ピンを抜き、えいっ、とそれを遠くへ放り投げました。
ドカン! と、お腹に響く大きな音と共に、地面から土煙が上がります。
「さあ、ノーラちゃんも!」
彼の、あまりにキラキラした瞳に負けて、わたしも、震える手で、人生で初めての手りゅう弾を投げてみました。思ったより、ずっと遠くまで飛んで、大きな穴が開きました。
「すごいじゃないか、ノーラちゃん! 才能あるよ!」
フェリクス様に褒められて、わたしの心は有頂天でした。そして、デートのメインイベントがやってきたのです。
「真打登場! アシュレイ工廠特製、新型野砲だぜ!」
レオ様が、誇らしげにシートをめくると、そこには、ずんぐりとした、しかし圧倒的な存在感を放つ、小さな大砲が鎮座していました。
その鉄の塊を見た瞬間、フェリクス様の目の色が、完全に変わりました。
「すごい……! すごいじゃないか、兄さん! よし、撃つぞ! 目標、あの丘の上の岩!」
彼は、もはや皇太子ではなく、まるで戦場の指揮官のように、砲兵役の研究所員たちに、次々と指示を飛ばします。
「装填、急げ! 仰角修正! ――撃てぇっ!」
ドゴオオオオオオン!
鼓膜が破れそうなほどの轟音と共に、野砲が火を噴き、遥か先の岩が、木っ端微塵に吹き飛びました。
その、あまりの迫力と、熱狂の中で指揮を執るフェリクス様の姿に、わたしは、ただただ、見惚れていました。
(なんだか、今日のフェリクス様、すごく、すごく男らしい……!)
射撃が終わり、興奮冷めやらぬといった様子のフェリクス様が、わたしの手を、ぐいっと、力強く掴みます。
「さあ、行こう、ノーラちゃん! 喉が渇いたな!」
その、あまりに強引な様に、ドキドキしながらも、わたしは、されるがままに、彼に連れられて、あの『闇バー』へと向かいました。
そして、なぜか、そのまま、店の二階にある、宿屋の一室へと、案内されたのです。
扉が閉まり、二人きりになった、その瞬間でした。
「フェ、フェリクス様……?」
彼は、何も言わずに、わたしを、壁際へと追い詰めました。その瞳は、昼間の射撃場の時のように、熱っぽく、ギラギラと輝いています。わたしは、もう、どうすることもできずに、ただ、彼のたくましい胸板を、見上げるばかりでした。
そして、彼が、その唇を、わたしに重ねようと……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ! もっと雰囲気あるところがいいーっ!」
わたしの、魂からの絶叫が、古びた宿屋に響き渡りました。
結局、その夜は、朝までかかって、彼に『乙女の求める理想のデートプラン』を、こんこんと説教することで、終わりました。
朝日が昇る頃、わたしと、すっかり正気に戻って、しょんぼりとしているフェリクス様は、白亜の館へと、とぼとぼと帰りました。
館の玄関では、ライル様とヴァレリア様が、全てをお見通しだという顔で、腕を組んで、わたしたちを待っていました。
そのお二人の前で、フェリクス様は、突然、わたしの前に、深く、ひざまずいたのです。
「ノーラちゃん……! 昨日は、本当に、すまなかった。僕は、どうかしていたんだ。でも、それで、分かった。僕は、君のことが……。どうか、僕と、結婚してください!」
「えっ、えええええええええっ!?」
わたしが、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、真っ赤になって固まっていると、後ろから、ライル様たちの、温かい拍手が聞こえてきました。
「でも、無理やりはいやよーっ!」
わたしが、精一杯の強がりを言うと、ヴァレリア様が、そっと、わたしの肩を抱きしめてくれました。
「ライルと私の息子だもの。仕方ないわ。悪いところだけ、ライルに似たのね」
その言葉に、ヴァレリア様は、息子であるフェリクス様に向き直り、それはもう、こってりと、厳しく、お説教を始めたのでした。
部屋の隅では、バツの悪そうな顔をしたライル様が、あはは、と乾いた笑いを浮かべています。
わたしの、長くて、そして、世界で一番幸せな一日が、こうして、幕を閉じたのでした。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




