第248話 致し方ない処置 リアンくんっ! やめるんだっ!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴178年 2月15日 昼 静かな雪』
帝都ハーグの新しい皇宮。その最も大きな謁見の間は、奇妙なほど静かだった。
窓の外では、弔いの花びらのように、静かな雪が舞い落ち続けている。僕と若き皇帝リアン君は、これから行われる裁定を前に、最後の言葉を交わしていた。
(本当は……僕だって、こんなこと、したくなかったんだ……)
「ライルさん、本当にこれでいいのかな。罰金と、少しの懲役だけで済ませてしまって」
リアン君が、不安そうな顔で僕を見る。僕は、静かに頷いた。
「うん。もう、誰も死なせたくないんだ。古い慣習では、平民が皇帝に逆らった場合、問答無用で死罪になるのが当たり前だったかもしれない。でも、僕たちの時代は、違うだろ?」
僕もリアン君も、これ以上の血が流れることは望んでいなかった。ディートリヒは、父であるヴェネデディクト侯爵が爵位を剥奪された時点で、すでに一人の平民だ。その彼に、古い慣習を適用するのではなく、まあしばらくは刑務所に入ってもらうが、基本的には罰金と労役で済ませるという、新しい時代の、寛大な処置を下したかった。
やがて、謁見の間の重い扉が開き、ディートリヒをはじめとする、捕らえられた者たちが引きずり出されてくる。その顔に、反省の色は微塵もなかった。あるのは、敗北への屈辱と、僕たちに対する、剥き出しの憎悪だけだった。
リアン君が、玉座から、静かに、しかし、皇帝としての威厳を込めて語りかける。
「ディートリヒ。古き帝国の慣習によれば、平民の身で朕に刃向かったそなたの罪は、万死に値する。じゃが、朕は慈悲をもって、そなたたちの罪を死罪ではなく、罰金と懲役刑に処すことを決めた。この決定を、ありがたく受け……」
「黙れ、小僧が!」
リアン君の言葉を、ディートリヒの、獣のような咆哮が遮った。
「農民上がりの傀儡に、この俺を裁く権利などないわ!」
彼は、衛兵を振りほどこうと、その体を激しくもがかせながら、僕とリアン君に向かって、ありったけの罵詈雑言を浴びせ始めた。
「たとえ今は平民の身に落ちぶれようと、我が身に流れるヴェネデディクト家の高貴なる血は変わらぬ! ライル・フォン・ハーグ! 貴様のような成り上がり者とは違うのだ! 貴様が、この帝国の全てを堕落させた! その、安っぽい平等と、下賤な文化で、我らが誇り高き伝統を、土足で踏みにじった! 貴様らこそが、帝国の秩序を破壊する、真の逆賊よ!」
その、あまりに狂信的な憎悪。もはや、言葉は通じない。
僕が、何かを言おうとするよりも、早く。
僕の隣で、ずっと黙ってその罵倒を聞いていた、リアン君が、静かに、立ち上がった。
彼の顔から、いつもの人の良い、弟のような表情が、すうっと消えていた。そこにいたのは、この帝国の、唯一絶対の支配者。今は亡き、彼の父ユリアン皇帝の面影を宿した、冷徹な皇帝の顔だった。
「……そこまでだ。よく、わかった」
リアン君の、氷のように冷たい声が、謁見の間に響き渡る。
「そなたは、朕が差し伸べた、新しい時代の慈悲を、その足で踏みにじった。ならば、そなたが望む、古き慣習に従い、裁きを下してくれる」
彼は、一切の躊躇なく、腰に下げていた、護身用のピストルを抜き放った。
「なっ……!?」
僕が、リアンくんの意図を察し、一声発するのがようやくだった。
「リアンくんっ止めっ……」
パンッ!
乾いた炸裂音が、静まり返った謁見の間に、あまりに不釣り合いに、響き渡った。
ディートリヒの眉間に、小さな、赤い点が浮かぶ。彼は、信じられないものを見たという顔で、目を見開いたまま、ゆっくりと、その場に崩れ落ちた。
謁見の間が、死んだように静まり返る。商人ロレンツォをはじめ、残された捕虜たちは、恐怖に顔を引きつらせ、その場にひれ伏していた。
リアン君は、まだ硝煙が立ち上るピストルを、ゆっくりと下ろすと、その冷たい瞳で、僕を見た。
「……これで、終わりだ。ライルさん」
その声は、もう、僕が知っている、弟のようなリアン君の声ではなかった。
こうして、帝国を二つに引き裂いた一連の事件は、あまりにも唐突な、そして、あまりにも血生臭い形で、その幕を下ろしたのだった。
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