第241話 玉座の女王陛下 ええっ、女王陛下ってこんな人だったの~!?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴177年 12月15日 昼 快晴』
南へと向かう列車の中は、故郷の厳しい冬が嘘のように、ぽかぽかと暖かかった。窓の外の景色も、雪に覆われた白銀の世界から、芽吹き始めた緑が眩しい、穏やかな田園風景へと変わっている。
(南方は暑すぎず寒すぎずという感じでちょうどよい気温だなあ。でも夏は暑いんだろうな)
僕は、のんびりと車窓を眺めていた。そんな僕の隣の席で、いつの間にか、実に当たり前のような顔をして、一人の少女が座っていた。
「……ライル。退屈じゃ」
「お父さんわたしもヒマー!」
「うわっ!? ノクシアちゃん!? それにアウロラまで! いつの間に乗ってたの!?」
黒いローブを目深にかぶり、小さな足をぶらぶらさせながら、闇の教皇様が不満げに口を尖らせている。その隣では、娘のアウロラが、物珍しそうに窓の外を眺めていた。
「妾を置いていくなど、百年早いわ」
その、有無を言わさぬ一言。僕は、もう何も言うまいと、やれやれと肩をすくめることしかできなかった。
数日後、僕たちの列車は、ランベール領の南端、地図にも載っていない終着駅へとたどり着いた。ここは急遽南方へ延伸している、一番新しい駅だ。ホームに降り立つと、そこにはすでに、クララさんとカール少佐が、数人のノヴァラの民と思われる案内人を伴って、僕たちを待っていた。
「ライル様、お待ちしておりました」
クララさんが、一枚の羊皮紙を手に、僕に駆け寄ってくる。
「ノヴァラの女王陛下より、正式な招待状が届いております。首都まで、彼らが案内してくださるとのことです」
案内人たちは、僕の姿を見ると、軽く会釈をするだけだった。だが、僕の後ろに立つノクシアちゃんの姿を認めた瞬間、その場に深く、深くひざまずき、祈るように頭を垂れた。彼らの目には、畏敬と、絶対的な信仰の色が浮かんでいる。
(やっぱり、ノクシアちゃんが来てくれて、正解だったみたいだな)
僕たちは、彼らの案内に従い、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れた。道なき道を進むこと、半日。やがて、目の前に、信じられない光景が広がった。
巨大な樹々が、まるで天を支える柱のようにそびえ立ち、その幹や枝に、蔦や木材でできた家々が、鳥の巣のように、いくつも築かれている。木々の間には吊り橋が渡され、人々がそこを行き交っていた。まるで、森そのものが、一つの巨大な街のようだった。
その中心、ひときわ巨大な、天を突くほどの古木の根元に、その宮殿はあった。
自然の造形を活かしながらも、壁面には精緻な彫刻が施され、入り口は磨かれた黒曜石で縁取られている。豪華絢爛、という言葉が、これほど似合う建物もないだろう。
衛兵に案内され、僕たちが玉座の間へと通される。薄暗いが、壁に埋め込まれた不思議な鉱石が、柔らかな光を放っていた。
そして、その玉座。
部屋の最も奥、高い壇上に置かれた、あまりに巨大で、荘厳な玉座に、ちょこんと、一人の小さな影が座っていた。
年の頃は、まだ十にも満たないだろうか。豪奢な羽飾りのついた冠をかぶり、その小さな体には不釣り合いなほど立派な、色とりどりの民族衣装をまとっている。
その顔を見た瞬間、僕は、時が止まったかのような衝撃を受けた。
(……うそだろ?)
日に焼けた肌。少しだけ顔にかかった、艶やかな黒髪。そして、森の動物のように警戒しながらも、どうしようもない好奇心に、きらきらと輝いていた、あの大きな黒い瞳。
「えええええええええええええええっ!?」
僕の、素っ頓狂な絶叫が、静まり返った玉座の間に、こだました。
玉座にいたのは、あの、缶詰を開けてあげた小さな女の子……だった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




