第240話 ノヴァラとの交渉 うーん、やっぱり僕が行かないとだめみたいだなぁ
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴177年 12月1日 昼 快晴』
あれほど帝都ハーグを揺るがした、リアン皇帝のお妃選び騒動がようやくひと段落し、街には師走らしい、どこか落ち着いた、それでいて新しい年に向かう活気が戻ってきていた。
僕も、白亜の館の暖かい暖炉の前で、ラジオを通じて子供たちに絵本を読んで聞かせるという、実に平和な日常を取り戻していた。
(うん、やっぱり、こうでなくっちゃ)
そんな穏やかな昼下がりだった。執務室で待機していたフェリクスが、少しだけ困ったような、でもどこか楽しげな顔で、一枚の電信文を手にやってきた。
「父さん、南方からです。クララさんと、カール少佐から」
カールくん、いつの間にか少佐になっていたのか。南の地で、頑張っているんだなあ。
僕が、その電信文に目を通すと、そこには、僕の想像を少しだけ超える、実に興味深い報告が記されていた。
クララさんとカールくんは、僕の命令通り、ノヴァラ王国との本格的な国交樹立に向け、粘り強く交渉を続けてくれていた。言葉の壁はクララさんが、そして、時折ちょっかいを出してくる血の気の多い連中はカールくんが、それぞれ見事に解決してくれているらしい。
だが、交渉そのものは、完全に停滞していた。どうやら、ノヴァラの民たちは、ただ一つの要求を、頑として譲らないというのだ。
『――王を、連れてこい。そして、我らが真の神の使いである、闇の教皇を、この地へ、もう一度』
電信によれば、彼らは、言葉は通じなくとも、僕がこの国の『王』であり、そして、あの夜、森で舞を舞ったノクシアちゃんが、彼らが信じる闇の宗教の、最高位の存在である『教皇』であることを、その肌で、直感で、完全に理解してしまっているらしい。
(うわあ……。なんだか、すごく面倒なことになっちゃったなあ)
僕は、大きなため息をついた。
「うーん、これは一回行かなきゃだめかなぁ……ユーディルいる?」
僕が、誰に言うでもなくそう呟くと、部屋の隅の、暖炉の影が、ぬっと、歪んだ。
「はっ、ここに」
いつの間にか、そこに立っていたユーディル。その、あまりにいつも通りの登場に、フェリクスが「もう、驚きもしませんよ」と、やれやれと肩をすくめている。
「ノクシアちゃんに連絡してよ。また南方にいこうって。今度は、国として、ちゃんと挨拶をしにね」
「かしこまりました」
ユーディルは静かに一礼すると、再び、影の中へと溶けるように消えていった。
こうして僕たちは、再びノヴァラ王国との国境へ向けて旅立つことになった。
数日後、ハーグの駅のホーム。
窓の外では、真冬の冷たい風が吹き荒れ、ヴィンターグリュンの大地は、どこまでも続く白い雪に覆われていた。
僕は、暖かい客車の窓からその光景を眺めながら、実にのんきなことを考えていた。
(南方は暖かいだろうな……。また、あの美味しいカレーもたくさん持ったし、喜んでくれるといいな……)
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