第238話 あっ、あのっ、初デートがこんなところって……闇バーにて そして決まっちゃうのぉぉぉぉぉぉぉぉ~っ!?
【カタリナ視点】
『アヴァロン帝国歴177年 11月25日 夜 星のキレイな夜』
(うう……。これが、皇帝陛下との、初めての……その、お食事会、というものなのでしょうか……)
わたし、カタリナ・シュミットは、帝都ハーグの、薄暗い路地裏に立ち尽くしていました。目の前には、看板も掲げられていない、古びた木の扉。中からは、むっとするような熱気と、安物のエールの匂い、そして、いかつい男たちの、がなり声が漏れてきています。
この、どう考えても健全ではないお店へ、わたしと、もう一人の最終候補であるエレオノーラ様を連れてきたのは、他ならぬ、ライル副宰相と、リアン皇帝陛下ご自身でした。
「さあさあ、二人とも、遠慮しないで! ここは、僕の行きつけなんだ! 堅苦しい宮殿の食事より、ここの飯の方が、よっぽど美味いからね!」
ライル様は、実に楽しそうにそう言うと、有無を言わさず、その怪しげな扉を開けます。リアン陛下もまた、「ふむ、マスターは新しいカクテルでも考えたかな?」などと、すっかり常連のような口ぶりで、楽しそうに後に続きました。
店内は、タバコの紫煙で目が痛くなるほどでした。カウンターでは、腕に刺青を入れた傭兵崩れの男たちが賭けポーカーに興じ、隅のテーブルでは、訳あり顔の商人たちが、声を潜めて何かの取引をしています。
「よう、皇帝陛下! またライルさんと来たのかい!」
「うむ、今宵の酒は美味いか?」
常連の男たちからの気さくな声に、リアン陛下が笑顔で応じています。その、あまりに馴染んだやり取りに、わたしとエレオノーラ様は、ただ呆然とするばかりです。
「まあ……! なんて、品のない場所ですの……!」
エレオノーラ様が、シルクのハンカチで口元を押さえ、心底軽蔑したように呟きます。ですが、わたしは……その、不謹慎かもしれませんが、少しだけ、胸がドキドキしていました。村の酒場とも違う、この、無法地帯のような自由な空気に。
席に着くなり、マスターと呼ばれる、無愛想な顔の男が、次々と料理を運んできます。
まずは、香辛料の効いた、真っ赤なカレー。
「う、うまいっ!」
わたしは、お腹が空いていたことも忘れて、夢中でスプーンを口に運びました。故郷の母様が作ってくれる、優しい味のシチューとは違う、舌が痺れるような辛さと、複雑な香りが、たまりません!
「お嬢ちゃん、なかなかの食いっぷりだな!」
常連の男たちが、面白そうに囃し立てます。
次に運ばれてきたのは、ぷるぷるとした、美しい深紅のワインゼリー。そして、ひんやりと甘い、真っ白なアイスクリーム。
「おかわり!」
「これも、おかわり、ください!」
わたしは、もう、周りの目も、妃候補としての品位も、何もかも忘れていました。ただ、目の前にある美味しいものを、お腹いっぱい食べたい! その、純粋な欲求のままに、次から次へと、お皿を空にしていきます。
そんなわたしを、リアン陛下が、最初は少し驚いたように、やがて、実に、実に愉快そうに、優しい目で見つめていることに、わたしは気づいていませんでした。
「まあまあ、エレオノーラ嬢。ここの料理は、見た目はともかく味は確かだぞ。そう固いことは言わずに、試してみたらどうだ?」
陛下にそう促され、フォークの先でサラダをつつきながら、ずっとぶつぶつと文句ばかり言っていたエレオノーラ様も、不承不承といった様子で口を閉ざしました。
帰り道。星が綺麗な夜空の下を、四人でゆっくりと歩いていました。お腹いっぱいで、少しだけ火照った体に、夜風が心地よく感じられます。
その時、隣を歩いていたリアン陛下が、誰に言うでもなく、ぽつりと、呟いたのです。
「カタリナさんが、いいなぁ……」
その、あまりに小さな声。聞き間違いかと思った、次の瞬間。
前を歩いていたライル様が、待ってましたとばかりに、満面の笑みで振り返りました。
「それじゃ、カタリナさんにしますか!」
「えっ、えええええ~っ!」
わたしの、素っ頓狂な絶叫が、静かな夜道に響き渡ります。
「わっ、わたくしの立場は~っ!?」
エレオノーラ様の、悲痛な叫びも、聞こえてきました。
ですが、リアン陛下は、ライル様の言葉に驚くでもなく、むしろ「ああ、それで決めてくれるのか」と、どこか安心したように、そして、少しだけ照れたように、はにかんで、こくりと頷いたのです。
(うそ……。うそでしょ!? 帝国の、お妃様が……。まるで、今夜の夕食のメニューを決めるみたいに、決まっちゃった……!?)
わたしの人生、一体、これからどうなってしまうのでしょうか……?
ただ、一つだけ確かなことは、今夜食べた、あのカレーの味が、きっと、一生忘れられないだろうということだけでした。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




