第236話 お嫁さんへの試練
【リアン皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴177年 11月21日 昼 晴天』
(……どうすればいいんだ、これ……)
朕こと、皇帝リアン・フォン・アヴァロンは、目の前に山と積まれた羊皮紙の束を前に、天を仰いだ。その一枚一枚に、帝国の未来を夢見る女性たちの名前と、レオさんが発明したという『写真』が貼り付けられている。その数、すでに千を超えていた。
オルデンブルク宰相が、朕の将来を案じて始めたこの『お嫁さん探し』は、今や帝国中を巻き込む巨大なお祭り騒ぎと化している。それはそれで、国が活気づいて良いのかもしれぬ。じゃが、この中から、たった一人、生涯を共にする相手を選べと申すか。あまりに、無茶な話であった。
その日の午後、皇宮の一室に、この難題を解決するための面々が集められた。
帝国の宰相として、この騒動の責任者でもあるオルデンブルク公。朕の、そして帝国の副宰相にして、全ての元凶でもあるライル・フォン・ハーグ侯爵。そして、なぜか女性代表として、騎士団長のヴァレリア殿までが、硬い表情で席に着いている。
会議が始まってから、すでに半刻が過ぎていた。じゃが、誰も口を開こうとせず、ただ重い沈黙だけが、部屋を支配しておった。
その、息が詰まるような空気を破ったのは、やはり、あの男の一言であった。
「うーん、お嫁さん候補の写真は集めているよね? 見た目も大事だけど、頭がいい人がいいんじゃないかな? テストとかしてみたら? それで人数をしぼって、リアン君に選んでもらうんだ!」
ライル殿が、まるで畑に植える芋の種類でも決めるかのように、実にのんきな口調でそう言った。
その、あまりに単純明快な提案に、これまで難しい顔で腕を組んでいたオルデンブルク宰相が、待ってましたとばかりに、ぱっと顔を輝かせた。
「それじゃよ、ライル殿! さすがは副宰相殿、頼りになるのう! 帝国の母となるお方には、美貌だけでなく、優れた知性も不可欠! まことに、ごもっとも!」
宰相の、あまりの食いつきぶりに、朕は少しだけ引き気味であった。すると、それまで黙って控えていたヴァレリア殿が、静かに、しかし、きっぱりとした声で口を開いた。
「でしたら、小官からもよろしいでしょうか? 一応ですが、武の才能も見極めてはどうでしょうか?」
「ほう、それはなぜ?」
宰相の問いに、彼女は微動だにせず、ただ淡々と答える。
「無いよりはいいでしょう?」
(……それも、そうなのかもしれぬ)
この国の妃たちは、発明家であったり、騎士であったり、果ては闇の教皇であったりするのだから。
じゃが、朕には、一つだけ、どうしても譲れぬことがあった。
「朕は……性格が、大事だと思うのだが……」
朕の、心の底からの、か細い呟き。それに、ライル殿は、いつもの、全てを包み込むような、人の良い笑顔で応えてくれた。
「大丈夫だよ、リアン君。候補は数人にしぼることになるけど、最後はリアン君が直接話をして、一番『いいな』って思った人を選ぶといいよ!」
「う、うむ、ま、まあ、それなら良いか……」
その言葉に、朕は少しだけ、安堵した。
こうして、帝国の歴史上、最も奇妙で、そして、最も壮大な『花嫁探しの試練』が、正式に開始されることとなったのだった。
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