第235話 たぶんライルならこう言うじゃろう「お嫁さん探し? いいんじゃないかな?」と……
【オルデンブルク宰相視点】
『アヴァロン帝国歴177年 11月20日 昼 晴天』
(……わたくしは、一体、何を解き放ってしまったのじゃろうか)
わたくし、オルデンブルクは、皇宮の執務室の窓から眼下に広がる、常軌を逸した光景を見下ろし、この数ヶ月で何度目になるか分からぬ、深いため息をついた。
わたくしが意図したのは、あくまでも帝国の未来を盤石にするための、古式ゆかしい『厳粛なる選定』であったはず。それがどうだ。今の帝都ハーグは、もはや『お祭り騒ぎ』という言葉ですら生ぬるい、巨大な熱狂の渦の中にある。
わたくしは、少しだけ気晴らしにと、供の文官と武官を連れて街へ出てみることにした。
まずは皇宮前。そこには、どこまでも続く、女性たちの長蛇の列ができておった。皆、わたくしが用意させた受付に、自らの名前と身分を記した書類と、一枚の小さな紙片を提出していく。なんでも、レオ様の研究所が作った、その者の姿を光で写し取る『写真』とかいうものらしい。この騒ぎのおかげで、帝都の写真屋は、笑いが止まらぬほどの儲けだという。なんとも景気の良い話だ。
列に並ぶ顔ぶれは、実に様々であった。
旧帝都フェルグラントから、わざわざ貴族用の列車で乗り付けてきた貴族の令嬢たちは、扇子で口元を隠しながらも、ハーグの自由で活気ある空気に、戸惑いと、隠しきれない憧れの視線を向けている。
かと思えば、新興の商家の娘たちは、実に抜け目がない。彼女たちは、リアン陛下の若さや容姿よりも、その背後にあるヴィンターグリュンという国の、底知れぬ経済力にこそ魅力を感じておるのじゃろう。中には、アシュレイ工廠、ビアンカ食品、クララ製紙の株価を計算し、自分が皇后になることで生まれるであろう、新しいビジネスチャンスについて、仲間と熱心に語り合っている者までおる始末。先帝ユリアン陛下の持っておられた株は、リアン陛下が相続されたからの。
そして何より、この新しい都の原動力である、ハーグの市民の娘たち。彼女たちの瞳には、野心や計算はない。ただ、皇帝陛下が、自分たちと同じ街に住み、時には公園で、子供を持つ父親たちと気さくに語らっているという、その親近感にこそ、心を惹かれているようじゃった。
ライル殿のような『人たらし』の王の隣で、国を支えようと奮闘する若き皇帝。その姿に、母性本能をくすぐられる者。あるいは、このハーグという街が持つ、先進的な文化や、豊かな暮らしそのものに憧れる者。様々な思いが、この都に集結しておった。
◇◆◇
わたくしは、人いきれに少しだけ当てられ、早々に皇宮へと戻った。執務室の窓から、先ほどまで自分がいた、あの喧騒を見下ろす。自分の計画が、ここまで大きく、そして予想もしなかった形で膨れ上がったことに、やれやれと頭を抱えつつも、不思議と、不快ではなかった。むしろ、この淀んでいた帝国が、ようやく、新しい時代へと動き出したのだという、かすかな満足感すら覚えておった。
「リアン陛下……これで、よろしいのですかな?」
わたくしの問いに、いつの間にか隣に立っておられたリアン陛下は、窓の外の喧騒を、実に楽しげな顔で眺めながら、静かに、しかし力強く、こう答えられた。
「うむ。帝国の未来は、このお祭りの中にこそあるのだ」
その横顔には、もはや、ライル殿に頼るばかりであった、かつての少年の面影はない。自らの足で立ち、この国の未来を見据える、若き皇帝の顔が、そこにはあった。
ライル殿の、実に何気ない一言から始まった、この『花嫁探し』。それは、帝都ハーグという新しい都の持つ熱量と、若き皇帝リアンの存在によって、前代未聞の大騒動の幕開けとなった。
若き皇帝リアン陛下は、この愛の騒乱の中で、果たして運命の相手を見つけることができるのであろうか? そして、全ての元凶であるライル殿の周りは、一体どうなっていくのじゃろうか?
わたくしは、物事が、良い方へ、良い方へと動いている。そんな、確かな予感がしたのでございました。
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