第231話 フェリクスから連絡が来た! ここは一時撤退しよう!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴177年 11月2日 朝 秋晴れ 宴会明け』
夜通し続いた宴の火が、静かに熾火へと姿を変えていた。
僕が勝手に『闇の祭り』と名付けたその夜は、言葉も文化も違う僕たちとノヴァラの民を、不思議な一体感で結びつけてくれた。東の空が白み始める頃には、僕の兵士も、森の民も、皆、燃え尽きたように地面にごろりと転がり、満足げな寝息を立てていた。
肌の色の違いも、着ている服の違いも、もはやどうでもいい。焚き火の灰と、宴の熱気にまみれた顔は、皆、同じように穏やかだった。ノヴァラの子供たちが、屈強なヴィンターグリュン兵の腕を枕にしてすやすやと眠り、その親たちは、飲み干した酒樽を背もたれに、安らかな表情を浮かべている。その光景を見ているだけで、僕の心は温かいもので満たされていった。
「ふわぁ~、僕もちょっと寝ようかなぁ~」
僕が大きなあくびをすると、いつの間にか隣にいたユーディルが、静かに頷いた。
「そうですな……。ノクシア様もアウロラ様も、先ほど、テントへと入られました」
「ささ、ライル王。こちらのテントへどうぞ」
カールくんが、僕のために用意してくれた指揮官用の天幕を指さす。その目元には、徹夜の疲れと、しかし、任務が成功したことへの確かな満足感が浮かんでいた。
僕が、凝り固まった肩を回しながらテントへ向かおうとした、その時だった。仮設の通信所から、一人の通信兵が、一枚の紙を手に、慌てた様子で走り寄ってきた。
「ライル閣下! 帝都ハーグよりの電信です!」
「えっ? 電信来たの? きっと、フェリクスが国境近くまで鉄塔を建ててくれたんだね。それで、内容は?」
通信兵が、僕に恭しく紙を手渡す。そこには、僕の息子、フェリクスの、少しだけ生真面目なトンツーで打たれたであろう、短い文面が記されていた。
『皇帝陛下ガ心配シテイル、一度ハーグヘモドラレタシ、フェリクス』
(そっか、僕たちがここに到着したのは、まだ九月のことだったよね。もう十一月だもんな。リアン君も、心配してくれてるんだ。仕方ないなあ)
僕は、少しだけ名残惜しい気持ちになりながらも、決断した。
「分かったよ。明日、一時撤退すると、ハーグのフェリクスに向けて電信を打ってくれないかな?」
「ハッ!」
通信兵は、力強く敬礼すると、再び通信所へと走り去っていった。
「ふわぁ~、まあ、今日くらいは、ゆっくり寝ていこうっと」
そして、翌日。
ヴィンターグリュン軍二千は、静かに撤退を開始した。
僕たちが去った後の野営地には、もちろん、大量の糧食と酒の樽が、まるで忘れ物のように、そのまま残されている。それは、僕たちからの、言葉のいらない、友情の証だった。
僕たちの撤退に気づいたノヴァラの民たちが、一人、また一人と、森の茂みから姿を現した。彼らは、僕たちの軍勢が遠ざかっていくのを、ただ、じっと見つめている。その顔には、もう、最初の頃のような警戒の色はない。あるのは、別れを惜しむ、寂しげな表情だけだった。
やがて、誰からともなく、小さな手が、僕たちに向かって、おずおずと振られた。それを合図にしたかのように、他の子供たちも、そして大人たちも、さよならを告げるように、静かに手を振り始めた。
その光景に、僕の胸が、きゅっと熱くなる。僕は、馬の上から、彼らに向かって、満面の笑みで、大きく、大きく、手を振り返した。
また、必ず会いに来るよ、と。心の中で、固く、固く、約束しながら。
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