第223話 こんな暑い夏の日は……そうだ! 闇バーへ涼みに行ってみよう!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴177年 8月15日 昼 晴れ時々曇り』
ハーグの復興計画もほぼ最終段階に入っていた。その日、僕と若き皇帝リアン、そしてオルデンブルク宰相の三人が執務室で書類仕事に追われていると、無言での入室を特別に許可されているユーディルが、影からヌッと現れた。宰相がギョッとした表情でユーディルを見ていたが、リアンくんは面白そうにそれを見ている。
「ライル様、闇バーが元の位置で営業を再開したようです」
「おっ、いいねぇ、さっそく行っちゃう? ユーディルもどうかな?」
「はっ、お供いたします」
「リアンくんもどうかな? これから一杯?」
「うん、いいですね! いきましょう!」
僕の誘いに、リアン皇帝はすぐに乗った。オルデンブルク宰相は「やれやれ、ワシは遠慮しておきますわい。最近、酒を飲むと翌日まで残りましてのう……残りの政務はやっておきますから、お二人で行ってきてはどうですかな?」と、疲れたように笑った。
こうして僕とリアンくん、そしてユーディルは、地味な半袖のシャツに着替えると、真っ昼間から闇バーへと繰り出した。
昼間の雑踏を抜け、裏路地の奥にある小さな扉を押す。ひんやりとした空気と、地下に漂うスモーキーな香り――闇バーは、以前と変わらぬ雰囲気で客を迎えてくれた。
「おうっ、久々に来やがったな、領主様に皇帝サマじゃねぇか!」
「へっ、今度はどんな勝負だ!」
「ふふっ、新メニューも出てるぜぇ!」
荒くれた常連客たちが、ジョッキを掲げてこちらを出迎える。昼間から泥酔している者もいれば、カードを切る音を響かせている者もいた。
そのざわめきの中、カウンター奥からバーテンダーがすっと現れる。黒いベスト姿の彼は、冷えたグラスを静かに並べた。
「本日の新メニューでございます」
運ばれてきたのは――深紅のワインゼリー。
光を受けてきらめくゼリーには小さな果実が沈み、上にはミントの葉がちょこんと添えられている。
「おぉ……これは綺麗だな」
リアンが目を輝かせる。僕も一口すくって口に運ぶ。ひんやりとした食感と、ほんのりとした葡萄酒の香り。甘みと酸味が舌の上でほどけ、夏の熱気を忘れさせる爽やかさだった。
「うまい! これ、いくらでも食べられそう!」
リアンが少年のような顔で頬張ると、荒くれ者たちもザワッとどよめいた。
「な、なんだあの皇帝サマ……可愛すぎんだろ」
「くっ、また負けそうな気がするぜ……」
彼らは闇バー名物の賭けを始める。今日の賭けのテーマは「誰が一番多くワインゼリーを平らげるか」。ごつい腕の傭兵、腹回りの太い船乗り、そして――リアン皇帝。
「負けませんよ!」
リアンくんはスプーンを構え、真剣な目をする。
「よーい、スタート!」
マスターの合図で荒くれ者たちが豪快にゼリーをすくう中、リアンくんは小さく、しかし確実なリズムで食べ進めていく。
やがて……
「ぐぬぬ……もう入らねぇ……!」
「腹が冷えてきやがった……!」
次々と脱落していく荒くれ者たち。一方リアンくんは、額に汗を浮かべながらも最後のひと口を笑顔で飲み込んだ。
「……ごちそうさまでした!」
場内が一瞬静まり返り――次の瞬間、轟音のような歓声が爆発した。
「うおおおっ! 皇帝サマの勝ちだぁぁ!」
「また賭けに負けちまった!」
「ちくしょう、あんな華奢な体で……!」
リアンくんは、はにかみながら拍手と喝采を受けていた。
僕は笑って肩をすくめる。
(やっぱり、こういう場では、リアンくんが主役になるんだよな……)
アツくてゆるい賭けは、こうして終わった。
そして、僕たちは荒くれ者たちと飲み明かしたあと、闇バーをあとにするのだった。
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