表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/281

第220話 白亜の館の畑、ノーラとグアノ

【ノーラ視点】


『アヴァロン帝国歴177年 7月 白亜の館裏庭』


 夏の強い陽ざしを浴びた土は、ふかふかで、生き物みたいに温かかった。

 わたしは新しいスコップを両手で握りしめ、白亜の館の裏庭に新しく作られた畑の、柔らかい土を掘り返していた。額から流れる汗が、土の匂いと混じり合う。村にいた頃とは比べ物にならないくらい、上等な農具と、よく肥えた土。ここでなら、どんな作物だって、元気に育ってくれるに違いない。


 隣では、ライル様が、いつものにこにことした顔で、大きな麻袋から、何か白い粉を両手ですくい出している。


「今日は、これを撒こう、ノーラちゃん」


「……粉、ですか? これは、一体何でしょう」


 袋の口からこぼれ落ちたのは、まるで南の島の砂浜の砂みたいに、真っ白で、さらさらとした綺麗な粒だった。わたしは、思わず目を丸くする。


「グアノだよ。海の向こうの、遠い島でね、海鳥が何百年も、何千年もかけて積もらせたフンが、固まったものさ。これを砕いて粉にすると、肥料としては最高級品なんだ」


「鳥のフン……? 肥料になるのは知ってますけど、海の島のものが、こんなに綺麗な、白い粉になるなんて……」


 驚きと同時に、わたしの胸が、きゅうっと高鳴った。

 海の向こうから運ばれてきた、最新の肥料。こんな珍しいものを使って畑を耕すなんて、まるで、この帝国の農業の、一番新しい場所に立っているみたいだ。


(すごい……! なんだか、ワクワクする!)


 わたしが、一人で興奮していると、背中から、優しくて、聞き慣れた声がした。


「ノーラ、手伝うよ」


 振り返った先に立っていたのは、わたしが、この館で一番、大切に思っている方だった。


「フェ、フェリクス様!」


 スコップを担いで現れたのは、皇太子殿下であらせられる、フェリクス様だった。夏の暑さで、少しだけ額に汗を浮かべているそのお姿すら、今のわたしの目には、きらきらと、眩しく輝いて見える。


(ああ……フェリクス様と、一緒に畑仕事なんて。まるで、本物の夫婦みたい……)


 胸の奥で、甘いときめきを必死に噛み殺しながら、わたしは自分の使っていたスコップを、慌てて彼に差し出した。顔が熱い。きっと、夏の陽ざしのせいだ。


「こ、こちらをどうぞ! わたくしと、一緒に、この畑を耕しましょう!」


 フェリクス様は、わたしのあまりの剣幕に、少しだけ困ったように笑い、それでも、黙ってそのスコップを受け取ってくれた。

 ライル様は、そんなわたしたちの様子を、実に楽しそうに、にこにこしながら見ている。そして、まるで歌でも歌うかのように、軽やかな手つきで、土に白いグアノを撒いていった。


「こうして、土にたっぷりと栄養をあげれば、きっとすぐに、元気な芽を出してくれるよ。そうだ、ノーラちゃん。この肥料、君の実家にも、少し分けてあげたらどうだい?」


 その、あまりに優しい一言に、わたしは、はっとしたように両手を打ち合わせた。

 そうだ。父様と、母様。二人が、村で必死に耕している、あの痩せた畑。この魔法の粉があれば、きっと、今年の収穫は、素晴らしいものになるに違いない。


「はい! ぜひ、少し分けていただけますか? 手紙を添えて、父様と母様に送ります!」


 わたしは、ライル様から麻袋を受け取ると、その中から、ひと握りの白い粉を、小さな布袋に、こぼさないように、そっと移した。そして、この温かい気持ちが、遠い村まで届くようにと、心を込めて、袋の口を、固く、固く縛った。

 封をするとき、隣で、力強く土を耕すフェリクス様の横顔が、ちらりと目に入る。


(この人と一緒に畑を耕して、野菜を育てて……。いつか本当に、夫婦として、一緒に暮らせたら……)


 そんな、甘い妄想が、心をくすぐり、わたしの顔が、またじわりと熱くなった。

 いけない、いけない。今は、畑のことに集中しないと。わたしは、ぶんぶんと頭を振ると、深呼吸を一つして、館のテラスで、ペンを手に取った。


『父様、母様へ。

 お元気ですか。わたしは、ハーグで、元気にやっています。

 この白い粉は、グアノといって、海の向こうの島から届いた、とても良い肥料です。これを畑に撒くと、作物が、びっくりするくらい元気に育つそうです。どうか、少しですが、試してみてください。

 いつか、お二人にも、ハーグの美味しい野菜を、お腹いっぱい食べさせてあげたいです。

 ――ノーラより』


 その日の夕方。

 一日の作業を終え、わたしは、すっかり様変わりした畑を、満足げに眺めていた。

 すると、夕日に照らされた、柔らかな土の中から、一つの、小さな緑が、ひょっこりと顔を出しているのが見えた。まだ、頼りない双葉だけれど、その姿は、力強く、天に向かって手を伸ばしている。


「がんばれ……」


 思わず、そうつぶやくと、隣で汗を拭っていたフェリクス様が、優しく笑った。ライル様も、遠くから、にこにこと頷いてくれている。


 この畑の、小さな芽と。

 故郷の実家へ送る、希望が詰まった、この布袋。

 そして、わたしの胸の中で、日に日に大きく育っていく、まだ誰にも言えない、この温かい想い。

 全部が、きっと、これから豊かに、大きく、実っていく。わたしは、そんな確信にも似た予感を、胸いっぱいに感じていた。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ