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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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第218話 自転車 ええっ、まだ試作品だけど、こんなに売れていいの~っ!?

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴177年 7月1日 昼 晴れ』


 夏の強い日差しが、白亜の館の庭をキラキラと照らしていた。

 僕は、新しく作ってもらったテラスのロッキングチェアに揺られ、アシュレイが淹れてくれた冷たい紅茶を味わっていた。庭では子供たちが元気に走り回り、その光景を妻たちが優しい笑顔で見守っている。平和そのものだ。


(うん、やっぱり夏は、冷たい紅茶に限るなあ……)


 そんな、うららかな午後の静寂を、館の中に置かれたラジオが、陽気な音楽と共に破った。僕の息子レオが発明し、今や帝都ハーグの隅々にまで普及したこの魔法の箱は、すっかり僕たちの日常の一部になっていた。


『はーい、皆さんこんにちは! 帝都ハーグの胃袋と流行を鷲掴み! 新人パーソナリティ、エミリアとマルクがお届けする、『まんぷくハーグ・ネクストジェネレーション』! 今日も元気に始まりますよーっ!』


 ああ、フェリクスとノーラちゃんの後を継いだ、あの二人か。声を聞くに、ハーグ・タイムスの若い女性記者と、僕のパパ友仲間であるマルクさんのコンビらしい。

 僕は、二人の少しぎこちない、しかし熱意に満ちたトークを、微笑ましく思いながら聞いていた。今日のテーマは、新しくできたパン屋の新作惣菜パンについてらしい。


『いやあ、この焼きそばパンってのは、実に美味いな! 主食と主食の組み合わせ、最高だぜ!』


『マルクさん、食レポが雑すぎます! もっとこう、ソースの芳醇な香りがですね……』


 そんな他愛もないやり取りが続いていた、その時だった。パーソナリティのエミリアさんが、一通の手紙を読み上げ始めた。


「えーっと、ここで一通、リスナーの方からのお便りを紹介しますね。ペンネーム『ただの村人A』さんからです。『先日のライル陛下逃亡の際に使われたという、鉄の馬……自転車なるものが気になって夜も眠れません。あれは一体何なのでしょうか? ぜひ、番組で取り上げてください!』……だそうです。あー、これは確かに気になりますね~、マルクさん!」


 ぶーーーーっ!


 僕は、口に含んだ紅茶を、盛大に噴き出してしまった。

 ラジオの中では、マルクさんが、待ってましたとばかりに、実に楽しげな声で応じている。


『おうよ! あの、王様がふらふらしながら、必死に漕いでたやつだろ? 俺も、あの式典の時に間近で見たが、ありゃあ面白え乗り物だぜ! 二つの車輪だけで、どうやって立ってるのか、さっぱりわからんがな!』


『ええっ、そうなんですか!? では、魔法か何かで……』


『いや、違う違う! なんでも、ライル様の息子さんの、レオ様の発明品らしいぞ! 速く走れば走るほど、安定するんだとよ! 不思議なもんだよなあ!』


 二人は、僕の、思い出したくもない逃亡劇を、実に面白おかしく語り始めた。それを聞いた僕は、顔から火が出るほど恥ずかしくて、もう、その場にうずくまってしまいたかった。


(うわあああ! やめてくれえええ!)


「ねえ、ヴァレリア」


 僕は、隣でくすくすと笑っているヴァレリアを、少しだけ恨めしげな目で見つめた。


「新しいラジオのパーソナリティって、確か、フェリクスの部下だったよね?」


「はい、我が王よ。その通りでございます。ハーグ・タイムスは、今や通信大臣であるフェリクス様の、事実上の広報局となっておりますからな。……フェリクスを、お呼びいたしましょうか?」


「うん、よろしく……」


 その日の午後、皇宮の通信大臣室、というより、今やラジオ局と化しているその部屋に、僕とフェリクス、そして発明者であるレオとアシュレイが集まっていた。

 僕が、ラジオでの一件を話すと、レオは目をきらきらと輝かせた。


「父さん、すごいじゃないか! 僕の最高傑作の、最高の宣伝になったってことだろ!」


「そうっスよ! これは、またとないビジネスチャンスっス! すぐにでも量産体制を整えて、大々的に売り出しましょう!」


 母アシュレイも、商人のような顔で同調する。だが、その二人の暴走を、フェリクスが冷静に制した。


「待ってください、兄さん、母さん。あの自転車は、まだ試作品段階のはずです。安全性は? 製造コストは? 大量生産した場合の価格設定はどうするんですか? そもそも、あんな乗り物が街中に溢れたら、交通整理はどうするんです? 問題が山積みですよ」


「むっ、細かいことを言うな、フェリクス! 男は、勢いとロマンだろ!」


「ロマンで、人は死ぬのですよ、レオ様」


 技術者として夢を語るレオと、為政者として現実を見るフェリクス。二人の間で、火花が散る。

 僕は、そんな息子たちの頼もしい姿を眺めながら、いつものように、ぽん、と手を打った。


「うーん、でもさあ、みんながあんなに乗りたいって言ってるんだから、とりあえず、少しだけ作って売ってみればいいんじゃないかな? 危なくないように、レオがちゃんと一台一台、安全確認をしてさ」


 僕の、実に単純な一言。それが、この国の、新しい時代の歯車を、また一つ、大きく動かすことになった。

 数週間後。『試作品モニター販売』という名目で、百台限定の自転車が、ハーグの中央広場で売りに出されることになった。価格設定は、交易担当のビアンカが、絶妙な値付けをしてくれたらしい。


 そして、発売日当日。

 広場には、早朝から、信じられないほどの数の若者たちが、長蛇の列を作っていた。ラジオでの宣伝効果は、僕たちの想像を、遥かに超えていたのだ。

 販売が開始されると、用意された百台の自転車は、わずか一時間も経たないうちに、飛ぶように売れてしまった。


 その日の午後、ハーグの街は、新しい乗り物がもたらした、新しい熱気に包まれていた。

 若者たちが、きゃっきゃっと歓声を上げながら、おぼつかない手つきでペダルを漕いでいる。二人乗りをしようとして、派手に転んでいるカップルもいた。誰が一番速く、向こうの角まで行けるか、無邪気な競争をしている少年たちの姿もあった。

 僕は、その光景を、白亜の館のバルコニーから、少しだけ呆然と、眺めていた。


「ねえ、アシュレイ……。あれ、まだ試作品だって、言ってたよね?」


「そうっスよ。強度計算も、まだ完璧じゃないし、ブレーキの効きも、もう少し改良の余地があるんスけどねえ」


「……あんなに売れちゃって、本当に、大丈夫なのかなあ」


 僕の不安をよそに、アシュレイは、実に楽しそうに、にっと笑った。


「まあ、レオが、ちゃんと一台ずつ、ハンマーで叩いて安全確認したから、大丈夫っスよ! それより、見てくださいよ、あの売れ行き! 今夜は、祝杯っスね!」


(ええっ、ハンマーで叩いただけなの!?)


 僕は、心のなかで絶叫した。

 新しい乗り物がもたらした、熱狂的なブーム。その光景に、嬉しさよりも、それを遥かに上回る不安を感じながら、僕は、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。

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