第215話 再統一
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴177年 5月20日 昼 快晴』
春の柔らかな日差しが、白亜の館の庭を、どこまでも優しく照らしていた。
僕は、芝生の上で元気に駆け回る子供たちの姿を、テラスの椅子に座って、ぼんやりと眺めていた。レオが発明したという、タケトンボを、フェリクスとノーラちゃんが笑いながら追いかけている。その光景を、アシュレイとヴァレリアが、母親の顔で見守っている。
戦争が終わって、一年。帝国は、ゆっくりと、しかし確実に、一つの国として再び歩み始めていた。僕が望んだ、当たり前で、かけがえのない日常が、ここにはあった。
その日の午後、僕は帝都ハーグの新しい皇宮……かつて僕の城だった場所へと、足を運んでいた。
戦後処理の、最後の一幕。そのために。
通されたのは、玉座の間ではなく、リアン皇帝の私室だった。そこには、若き皇帝リアン君と共に、二人の男が、硬い表情で僕を待っていた。
先の戦争の敗者、元皇帝ルキウスと、保守派を率いたヴェネディクト侯爵。その顔には、敗北の悔しさよりも、自らの運命を受け入れる、静かな覚悟が浮かんでいた。
「ライル殿……」
リアン君が、少しだけ不安そうな顔で僕を見る。僕は、静かに頷くと、二人の前に立った。
「ルキウスさん、ヴェネディクト侯爵。リアン皇帝の名において、そして、帝国の新たな法の下、二人に判決を言い渡します」
僕は、オルデンブルク宰相が用意した、簡潔な書状を広げた。
「両名は、帝国の秩序を乱した罪により、全ての爵位と財産を没収。生涯、帝都フェルグラントの一角にて、蟄居を命じます。……ただし」
僕は、一度言葉を切ると、続けた。
「降伏を選び、無用な血が流れるのを防いだその判断に敬意を表し、命までは取りません。家族と共に、静かに暮らすことを許可します」
温情判決。それは、僕とリアン君で決めた、新しい時代の、最初の赦しだった。
ルキウスは、ただ、安堵したように、その場に崩れ落ちた。ヴェネディクト侯爵は、静かに、深く、深く、僕たちに頭を下げた。その背中には、もはや、かつての傲慢な野心家の面影はなかった。
これで、帝国を二分した内乱の火種は、全て消えた。
そして、つい先日。南のランベール王国からも、嬉しい報せが届いていた。オーギュスト新侯爵からの申し出は、驚きだったけれど、嬉しかった。父君の遺志を継ぎ、分裂した帝国を再び一つにするために、ランベール王国は、自らヴィンターグリュンへの平和的な併合を望んでくれたのだ。
長かった戦乱の時代は、本当に、終わりを告げた。
全てが終わり、僕は白亜の館へと戻った。
夕食後の、家族団らんの時間。レオが作ったばかりのラジオが、いつものように、陽気な音楽と、楽しげな声を、部屋中に届けてくれていた。
『はーい、皆さんこんにちは! 今日も始まりました、『フェリクスとノーラのまんぷくハーグ!』』
『始まる、のです!』
今日のゲストは、第一回市民議会で選ばれた、魚屋の娘のマリーナさんだった。ラジオの中からでも伝わってくる、その威勢の良い声は、聞いているだけで元気がもらえる。
『いやー、うまいっ! なんだい、このハーグ黒豚のトマト煮込みってのは! 宮殿の飯ってのは、毎日こんなに美味いのかい!? これなら、あたしたち議員も、もっともっと頑張って、街のみんなが、毎日こんなご馳走を食べられるようにしなくっちゃね!』
その、あまりに真っ直ぐな、民を思う言葉。
僕は、思わず、目頭が熱くなるのを感じた。
(ユリアン皇帝……見てるかい? あんたが心配してた帝国は、ちゃんと、一つになったよ)
ラジオからは、三人の楽しげな笑い声が聞こえてくる。
レオとフェリクスが、その放送を、誇らしげな顔で聞いている。ノーラちゃんは、自分の声がラジオから聞こえてくるのが、まだ少し照れくさいみたいだ。
アシュレイとヴァレリアが、僕の隣で、穏やかに微笑んでいる。
窓の外では、不夜城ハーグの無数の灯りが、星のように輝いていた。
僕の人生は、確かに、たった一本の槍を投げたことから始まった、偶然の連続だったかもしれない。
でも、今、この場所にある、この温かくて、かけがえのない日常は。
僕が、僕たちみんなで、必死に守り、作り上げてきた、確かな『奇跡』なんだ。
僕は、隣に座るアシュレイの手を、そっと握りしめた。
僕の、僕たちの物語は、きっと、これからも続いていく。
この、玉座の隣にある、当たり前で、かけがえのない奇跡と共に。ずっと、ずっと。
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