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第21話 ブタ飼いの少女 うん、支援するといいと思うよ

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴157年 11月20日 昼 曇り』


 ポテトとコーンの記録的な大豊作に、ハーグの街は満ち足りた空気に包まれていた。倉庫には、冬を越すには十分すぎるほどの食料が山積みとなっている。だが、新たな問題も生まれていた。収穫後に残った、山のようなコーンの葉、芯、そして茎。その処理に、農業担当のゲオルグさんが頭を悩ませていた。


「このままでは、ただのゴミになってしまいますな……。燃やすにしても、これだけの量では……」


 僕たちが広場で途方に暮れていた、その時だった。おずおずとした声が、僕の服の裾を引いた。見ると、北方から逃げてきた難民の、小さな少女が立っていた。


「あの……辺境伯さま。もし、いらないのでしたら、その……これを、うちのブタにあげても、いいですか?」


 少女の背後には、彼女の父親らしき男と、数頭の真っ黒な子ブタがいた。男は、深々と頭を下げる。


「ライル様、お許しください。この子はリーナと申します。我々は、故郷からこの子ブタたちだけを連れて、命からがら逃げてまいりました。このブタは、北方の『ノルド黒豚』といいまして、寒さに強く、何でも食べる、とても丈夫な種なのです。もしよろしければ、この街の片隅で、育てさせてはいただけませんでしょうか」


 僕は、リーナと呼ばれた少女と、彼女に寄り添う子ブタたちを見た。困っている人がいるなら、助けるのが当たり前だ。


「うん、いいよ。もちろん。困ったときはお互い様だもんね。食料も、そのコーンの残りも、好きなだけ持っていくといいよ。僕たちが支援するから、頑張って」


 僕がそう言うと、少女の顔が、ぱあっと明るくなった。


 そして、この出来事が、ハーグに新たな産業革命をもたらすことになる。

 リーナの「何でも食べる」という言葉に、ゲオルグさんとアシュレイがひらめいたのだ。


「古代新大陸の文献によれば、植物の茎や葉を密封し、発酵させることで、栄養価と保存性を飛躍的に高める『サイレージ』という技術が存在します!」


 アシュレイが、どこからか取り出した古文書を広げて熱弁する。その理論に、ゲオルグさんの農民としての経験が合わさった。僕たちは早速、街の外れに石造りの大きな地下ピットを掘り、細かく刻んだコーンの副産物と雑草を混ぜ合わせ、ぎゅうぎゅうに詰め込んで蓋をした。


「……これを、このまま放置するのですか? ただ腐らせているだけではないのですか?」


「なんだか、酸っぱいような、変な匂いがしますわ……」


 ヴァレリアもヒルデも、初めはその奇妙な光景に懐疑的だった。

 だが、数週間後。地下ピットの蓋を開けた時、中からは独特の芳醇な、甘酸っぱい香りが立ち上った。それが、奇跡の飼料『サイレージ』の完成を告げる香りだった。


 リーナのブタたちは、そのサイレージを、まるでご馳走のように、夢中で食べた。ポテトの皮やクズ芋も混ざった栄養満点の食事で、子ブタたちは、みるみるうちに丸々と、そして健康的に太っていく。


「これは、もはやただのノルド黒豚ではありませんわ! ハーグの恵みで育った、特別なブタです。『ハーグ黒豚』と名付けましょう!」


 フリズカ王女が、誇らしげにそう宣言した。

 やがて、ゲオルグさんが、目を輝かせながら僕に言った。


「ライル様、素晴らしい循環が生まれますぞ。ブタの糞尿は、極上の堆肥となります。これを畑に還せば、来年のポテトとコーンは、もっと豊かに実るでしょう。これぞ、無駄のない『循環型農業』です!」


 丸々と太ったハーグ黒豚を見ながら、ヴァレリアが呟いた。


「……見事なものです。燻製にすれば、長期保存も可能。これは、最高の兵糧になりますね」


 僕は、ただにこにこして言った。


「うん、これで冬でもみんなで美味しいお肉を食べて、ホクホクに太れるね!」


 そして、最初のハーグ黒豚が食肉として解体され、その肉が食卓に上った時、僕たちは言葉を失った。コーン由来の甘みを含んだ極上の脂身と、旨味がぎゅっと詰まった濃い赤身。それは、これまでに食べたどんな豚肉とも違う、衝撃的な美味しさだった。


 この味に、ユーディルが目をつけないはずがなかった。


「閣下。この豚肉は、我らの新たな『力』となります。闇ギルドの商業ルートに乗せ、『ハーグ黒豚のコーン仕立て』としてブランド化し、帝都の富裕層や、食糧難にあえぐ周辺国の貴族たちへ売り込みましょう。食糧危機の国へこれを輸出すれば、我々は彼らの胃袋を掴み、外交を圧倒的に有利に進めることができます」


 難しいことはよくわからない。でも、僕たちの作ったものが、遠くの誰かの役に立つなら、それはいいことだと思った。


 僕と、リーナや街の子供たちが、大きな鍋を囲んで、ハーグ黒豚とポテトがたっぷり入った豚汁を、笑顔で頬張っていた。

 僕の意図とはまったく関係なく、ハーグという国が、とてつもなく大きく、そして奇妙な形で豊かになっていくのを、僕自身はまだ、よくわかっていなかった。


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