第205話 停戦~戦後処理 戦費は全部僕持ちかぁ、ちょほほ……
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴176年 12月27日 午前 雪』
ハーグ駅構内に、汽笛が低く響いた。
白い吐息のような蒸気がプラットホームいっぱいに広がり、線路沿いには市民や兵たちが固唾を呑んで待っている。
車輪がきしみ、列車が停車。客車の扉が開くと、真っ先に飛び降りてきたのはフェリクスだった。外套の肩には雪が積もり、目は輝いている。
「父さん、連れてきたよ!」
振り返った彼の後ろから、ゆっくりと一人の人物が降り立った。
リアン皇帝――。
細身ながら背筋はまっすぐで、顔色も良い。むしろ少し日焼けして健康そうだ。拘束されていたとは思えぬほど、堂々とした笑みを浮かべて僕の前に歩み寄る。
「ライル、待たせたな」
「……おかえりなさい、リアン陛下」
言葉が自然に詰まった。ずっと無事を祈ってきた人が、こうして目の前にいる。その事実だけで胸が熱くなる。
「ついでに停戦調印書にもサインしてきたよ」
フェリクスが得意げに言い、分厚い封筒を差し出す。中には、既に調印済みの協定書が収められていた。
◆
停戦の内容は、帝国の歴史を塗り替えるものだった。
旧アヴァロン帝国は、もはや一つではない。
北部――僕が治めるヴィンターグリュン王国。
中央~南部――ヴェネディクト侯爵が実権を握る「アヴァロン帝国」。
そして南の沿岸部――新たに誕生したランベール王国。親ライル派で、事実上の友好国だ。
境界には非武装地帯が設けられ、軍の越境は禁じられる。港や鉱山の権益、鉄道の利用条件……協定書の細かい文言が頭をよぎる。
(戦は終わった。でも、国同士の駆け引きはこれからだ)
駅前広場には、早くも号外が配られていた。輪転機のインクの匂いが残る紙面が、市民の手から手へと渡っていく。
『停戦成立 三国分立へ』
『リアン皇帝、ハーグにご帰還』
『南方に新王国 ランベール、親ライル派を宣言』
新聞を読んだ商人が「これで商売も落ち着く」と笑い、少年たちは「おれ、議員になる!」と駆け回っていた。
◆
戦後処理の第一は、戦った者たちへの褒賞だ。
「ゲオルグ殿、あなたが匿ってくれたおかげで、命を拾った者がどれだけいるか……」
感謝を告げ、領地の拡大を命じた。彼は深く頭を下げ、「領民と共に必ず繁栄させる」と誓った。
ゼルガノスたちは、多大な損害を出しながらも生き残った。希望通り、ゲオルグ領の隣にある未開拓地を下賜する。そこを切り拓き、再び立ち上がるだろう。
そして――ハーグの市民たちだ。
パパ友の会を中心に、市民軍として街を守り抜いた功績は計り知れない。
しかし土地で報いるには、人数があまりにも多い。そこで僕とパパ友の会の面々で話し合い、市政に参加できる市民議会を設置することに決まった。議員は選挙で選び、行政の一部に市民の声を直接反映させる。
年明けから運営開始と、新聞の片隅にも小さく載っている。
◆
「……で、戦った皆への戦費は全部僕持ちなんだよな?」
会計役人が無言で帳簿を差し出す。
記された残高は――見事にゼロ。
「ちょほほ……」
思わず肩を落としたが、後悔はない。
皆が無事で、街が残ったのだから。
(まあ、またやっていくさ……)
心の中で呟き、遠くの街並みに目をやった。
◆
復興はすでに始まっている。
瓦礫を片付ける男たち、荷車で資材を運ぶ商人、子供たちの笑い声。雪だるまが並び、煙突からの煙が冬空に溶けていく。
リアン皇帝は、市民に囲まれながら握手を交わし、言葉をかけていた。その姿は、領地を持たない「象徴」としての新たな立場を示している。政治の実権は僕らに委ねられるが、彼の存在は人々にとって希望そのものだ。
広場の片隅で、古びた蓄音機が音楽を奏で始めた。凍える風の中、誰かが歌い、誰かが踊り出す。雪は静かに降り続き、街全体が一つの祝宴に包まれていた。
(さあ……これからが本当の再出発だ)
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