第203話 ハーグ市街戦、栄光の水道管銃
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴176年 12月22日 昼 小雪』
灰色の雲の下、街道の先にハーグの城壁が見えてきた。石肌には砲痕が刻まれ、雪がその傷を薄く覆っている。ハーグの周囲を覆っていた土塁も、爆破されたようで大穴があいていた。塔の影が長く地面に伸び、かつての賑わいは跡形もない。
しかし、その静けさを破る音が耳に届いた。
パパパッ――カンッ……!
乾いた発砲音が、城壁の内側から断続的に響く。間隔は不揃いで、整然とした軍隊の射撃とは違う。
「……市街戦か」
ヴァレリアが呟く。僕は足を止め、耳を澄ませた。銃声の合間に怒号と歓声が混じっている。
やがて前哨の斥候が駆け戻ってきた。
「市内で住民が蜂起しています! 工場地区や中央広場で銃撃戦中! 敵守備隊は押されています!」
胸が熱くなる。きっと、あの顔ぶれもそこにいる。
「全軍、突撃! 市民は味方だ! 間違って撃つなよ!」
雪を蹴って速度を上げる。馬蹄の音が石橋に響き、息が白く空に散った。
南門前の曲がり角を抜けた瞬間、見慣れた顔が目に入った。
「ライル!」
鍛冶屋のバルネ、港の古株フォルスト、パン屋のローベン――酒場で笑い合った「パパ友会」の仲間たちだ。その背後には白衣姿の研究所員たち。
彼らの手には、鉄パイプを加工した奇妙な銃が握られていた。金属の鈍い光、木製の取っ手、簡易な撃発装置――水道管銃だ。
「これが……」
バルネが笑う。
「研究所の連中が設計した。水道管と古バルブ、錠前のバネまで総動員だ。見せてやる」
彼が構えて引き金を引く。ドンッという短い爆音と共に、路地の角の敵兵が崩れ落ちた。
「至近距離なら軍用銃に負けん! 弾は工場で鋳た鉛玉だ!」
背後では市民が次々と銃を受け取り、窓や路地から撃ち込む。白い雪と煙が視界を曇らせる。
「今だ、突入!」
合図と共に、王国軍が市民軍と肩を並べて進撃する。狭い路地を駆け、角ごとに閃光と煙がはじけた。敵兵は四方からの攻撃に混乱し、退路を求めて逃げるが、その先にも銃口が待っている。
フェリクスが機関銃座を蹴り倒し、ヴァレリアは角を制圧。狙撃兵が屋上から援護射撃を送り、市民軍は路地を封鎖して包囲を狭めた。
僕もバルネと背中を合わせ、水道管銃を構えて撃つ。鈍い衝撃が肩に響き、薬莢代わりの金属筒が雪上に転がった。研究員がすぐ次の銃を手渡す。
「改良型だ、撃鉄が軽い!」
滑らかな動きで再び引き金を引く。敵兵が崩れ、その後ろで市民が歓声を上げた。
やがて中央広場が見えてくる。噴水を挟み、敵と市民軍が睨み合っていたが、僕らの突入で一気に押し返した。
「押せ!」
兵と市民が一斉に突撃。敵旗手が倒れ、城壁から旗が引きずり降ろされる。代わりに王国旗と、市民の手縫いの解放旗が雪空に翻った。
歓声と鐘の音が街中に広がる。銃声は途絶え、解放の喜びが満ちた。
パパ友会の面々は銃を掲げ、研究員たちは肩で息をしながら互いを抱き合った。兵士たちも笑顔で肩を叩き合う。
僕は噴水の縁に立ち、雪と煙の中に沈黙する城を見やった。
(帰ってきた……だが、ここからが始まりだ)
奪還した街を守り、復興させる――それが本当の戦い。白い息を吐き、はためく旗を見上げた。
その影が雪の上に揺れ、僕の胸に刻まれた。
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