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【書籍化作業中】投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~  作者: 塩野さち


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202/279

第202話 塹壕戦 ~思わぬ結末~ 冬季進軍

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴176年 12月12日 朝 小雪』


 その朝、敵塹壕の上に漂っていたはずの白い煙が、まるで嘘のように消えていた。

 これまで毎朝欠かさず見えていた炊煙――それがない。胸壁越しに覗くと、土嚢の間に残るのは風に煽られた雪煙だけだった。


 間もなく、ユーディルが駆けてきた。外套の裾には霜がびっしりと付いている。


「ライル様、敵陣は……空です」


 言葉は短く、確信に満ちていた。

 どうやら夜陰に紛れて全軍が退いていたらしい。足跡は風で消え、残された装備もほとんどない。


「クッ……」


 誰が指揮官だったのかは分からない。だが、間違いなく見事な撤退だった。追撃する暇も与えず、痕跡すら薄い。


 僕らは警戒しつつも前進し、ついに敵塹壕へと足を踏み入れた。

 そこで目にしたのは、静まり返った遺体の列だった。


 どの遺体も頬はこけ、骨ばった手が胸の上で固まっている。軍服はほつれ、靴底は擦り切れていた。餓えと寒さが、彼らの命を奪ったのだ。銃も剣も、ここではほとんど役に立たなかった。


 そう、敵軍は補給が持たなかったのだ……。


 僕は鉄兜を取り、短く祈った。


「スカルディアの教会に埋葬を頼もう」


 兵たちは無言で頷き、遺体を丁寧に担ぎ上げた。敵味方の区別なく、凍土に埋めるべきだ。戦場の掟でもある。


 葬儀の手配を終えると、ヴィンターグリュン王国軍は次なる目的地――ハーグへの進軍を決定した。


(首都を奪還する……そして、僕たちの家をまた建てるんだ……)


 雪を踏みしめながら、胸の奥で固く誓う。


 冬の行軍は過酷だと誰もが言う。だがこの日の雪は小雪程度で、北部の寒さに慣れた兵たちは、頬を赤くしながら笑っていた。


「むしろあったかいくらいだな」


 そんな冗談すら飛び出すほどだった。


 アズトランからの補給が届いたことで、食料は豊富。保存肉や干し魚、黒パン、穀物が山のように積まれている。火薬と弾薬も十分にあり、馬も健康だ。塹壕戦を制したという自負が、兵たちの背をさらに押していた。


 出立の朝、城門前でフリズカとシグルドが見送りに現れた。

 雪が二人の肩に薄く積もっている。


「ハーグが復興したら、遊びにおいで」


「はい、父上」


 シグルドは背筋を伸ばし、まっすぐ僕を見た。その瞳には幼さと同時に、戦いを経た者の芯が宿っていた。


「行きますよ、あなた」


 ヴァレリアが外套の裾を直しながら微笑む。


「行こう、父さん」


 フェリクスが肩を叩く。手袋越しでも、しっかりとした力を感じた。


「あなたたちに、北の戦神のご加護を……」


 フリズカは胸に手を当て、厳かに祈りを捧げた。


 今回はゲオルグやノーラのような非戦闘員は同行させなかった。戦いの先に待つのは都市奪還のための激戦だ。守るべき者を戦場に連れていくわけにはいかない。


 雪を踏み鳴らす音と、馬の鼻息が混じり合い、隊列はゆっくりとスカルディアを離れた。振り返れば、城壁の上で手を振る二人の姿が小さくなっていく。


 その光景を胸に刻み、僕は前だけを見据えた。

 鉄道の向こうには、必ず奪い返すべき我らの都――ハーグがある。


 小雪が降りつつも、雲間からさした冬の鈍い太陽が、ヴィンターグリュン王国軍を照らしていた。


(この光をハーグにも届けるんだ!)


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