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第2話 槍の英雄と気の強い副官

【ライル視点】


『アヴァロン帝国歴156年 7月2日 昼 晴天』


 あの戦場での出来事から、半月が過ぎた。僕は帝都フェルグラントの城の一室で、まるで借り物のような貴族服に着替えさせられ、ユリアン皇帝陛下の前に立っていた。


「ライルよ。北部連合との和平調印式を行う。お前が行け」


 玉座に深く腰掛けたまま、皇帝はまるで散歩にでも誘うような気軽さで言った。


「お前は、もはやただの雑兵ではない。我が帝国の勝利を象徴する『英雄』なのだからな。その顔を、北部の連中に見せつけてやれ」


(英雄……僕が?)


 その言葉の重みに、僕はただ戸惑うばかりだった。そんな僕の様子を見透かしたように、皇帝はパン、と一度手を叩く。


「案ずるな。お前一人で行かせるわけではない。副官をつけてやる」


 皇帝の合図で、玉座の脇に控えていた一人の女性騎士が、カツン、と床を鳴らして前に進み出た。陽光を反射して輝く銀色の髪を一つに束ね、その翠色の瞳は、まるで磨かれた宝石のように鋭い光を放っている。


「ヴァレリアと申します。ライル殿、あなたの槍の腕は伺っておりますが、交渉の場では私の指示に従っていただきます。よろしいですな?」


 凛とした声だった。気の強い、というよりも、鋼のような意志を感じさせる。僕がこくこくと頷くしかできないでいると、彼女はふいと顔をそむけた。


 出発の直前、皇帝は僕のそばまで来ると、声を潜めて囁いた。


「調印式で得た領地の半分は、お前のものだ。しっかり見てこい、己が治める地をな」


(領地の半分……自分の土地……)


 その言葉は、僕の胸の中に小さな火を灯した。ただ流されるだけだった僕の足元に、初めて確かな道が示された気がした。


 国境近くの中立地帯に設けられた天幕の中は、張り詰めた空気に満ちていた。僕とヴァレリアが席に着くと、帝国側からも、北部連合側からも、囁き声が聞こえてくる。


「あれが……『槍のライル』か」

「なんというか、平凡だな」

「ああ、ただの若造に見える」


 その視線に身が縮む思いだったが、隣に座るヴァレリアは顔色一つ変えずに前を見据えている。


 やがて、北部連合の使者であるハーコンと名乗る男が、重々しく口を開いた。


「……此度の戦、我らの敗北は認めよう。つきましては、『鉄猪(てっちょ)』グルンワルド様が治めていた街、ハーグを貴国に割譲する」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヴァレリアが静かに立ち上がった。


「お待ちいただきたい。ハーグだけ、ですと? それでは、我らが英雄の槍働きに見合いませんな」


 天幕の中が、しんと静まり返る。


「ハーグに隣接する街、スースも併せて割譲いただくのが筋というものでしょう。それが、和平への誠意では?」


「なっ……! そ、それは無茶な要求だ!」


 ハーコンが顔を赤くして反論する。だが、ヴァレリアは少しも動じなかった。彼女は氷のような笑みを浮かべると、僕の方をちらりと見た。


「ほう? ならば、またライル殿の槍をご所望か? 今度は、どなたの首を狙いましょうかな?」


 その一言で、場の空気が凍りついた。北部連合の使者たちは、まるで本物の槍を突きつけられたかのように、恐怖に顔を引きつらせる。僕は何もしていない。ただ座っているだけなのに。


「……わ、わかった。ハーグとスース、二つの街を割譲しよう……」


 ハーコンは、絞り出すような声でそう言った。


 ヴァレリアが手早く調印の書類にサインをすると、僕たちは足早に帝都フェルグラントへ戻った。


 帝都へ戻った僕たちを、ユリアン皇帝は上機嫌で出迎えた。


「よくやった、ヴァレリア。そして、ライルよ」


 皇帝は広げられた地図を指差す。そこには、二つの街が丸で囲まれていた。


「さて、ライル。褒美だ。ハーグとスース、どちらが良い?」


(どっちも、僕にはただの丸にしか見えない……)


 地図を見ても、街の価値などわかるはずもない。僕が答えに窮していると、ヴァレリアが何か耳打ちしようと身を乗り出してきた。だが、それよりも早く、僕は口を開いていた。


「では……こちらの、ハーグという街をいただきます」


 僕の言葉に、皇帝は満足げに、そして深く頷いた。


「よかろう! これより貴様は、ライル・フォン・ハーグ。その地を守る辺境伯であると、ここに宣言する!」


 ライル・フォン・ハーグ。自分の名前に、街の名が重なる。

 辺境伯。その言葉の重みに、僕はようやく、自分がとんでもない場所に立たされてしまったのだと、改めて実感したのだった。


 帝国の夏は涼しいと言うが、今日は妙に暑いような気がした。


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