第194話 弔いの鐘と、黒い宝石
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴176年 1月5日 昼 曇り』
ランベール侯爵の訃報は、冬の冷たい風のように、僕たちの暮らす白亜の館を吹き抜けていった。
あれほど気丈だったヴァレリアも、父の死の報せを受けて以来、自室にこもりがちになっていた。僕がそっと部屋を訪れると、彼女はいつも、窓の外をただ静かに見つめている。その背中は、騎士団長としてではなく、ただ一人の、父を失った娘としての、深い悲しみに震えていた。
(僕に、何ができるだろう……)
僕は、彼女の肩をそっと抱きしめることしかできなかった。
数日後、僕は帝国の副宰相として、そして、ヴァレリアの夫として、ランベール侯爵家へ、葬儀への参列を正式に申し出る電報を送った。ヴァレリアも、もちろん同行する、と。
だが、数日して届いた返信は、僕たちの予想を、冷たく裏切るものだった。
「……『領内、未だ父の死の混乱冷めやらず。遠路はるばるお越しいただくは、かえってご迷惑かと存じますれば』……ですって」
ヴァレリアが、震える声で電報を読み上げる。差出人は、彼女の兄であり、ランベール家の新しい当主となった、オーギュスト・フォン・ランベール。その、あまりに丁重で、しかし、あまりに冷たい拒絶の言葉。
父の葬儀に、身内すら呼ばぬというのか。
「……兄上は、昔から、そういう方でしたから」
ヴァレリアは、そう言って、無理に笑ってみせた。だが、その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちるのを、僕は見逃さなかった。
僕が、彼女をどう慰めればいいのか、言葉を探している、その時だった。帝都ハーグの皇宮から、皇宮へ急ぎ出仕するようにとの知らせがあった。
皇宮のリアン皇帝の私室にいくと、皇帝とオルデンブルク宰相が、何やら話し合っている。二人は僕の方を見る。
「ライル殿! 一大事にございますぞ!」
オルデンブルク宰相が広げた一枚の地図。そして、その上に置かれた、黒く鈍い光を放つ一つの石塊。
「今しがた、地質調査隊より緊急の報告が! ランベール侯爵領の、南部の山岳地帯にて、帝国史上最大級と目される、巨大な石炭の鉱脈が、発見されたとのことだ!」
オルデンブルク宰相が少し早口で教えてくれる。僕は、ヴァレリアと顔を見合わせた。あまりにタイミングが悪すぎる。いや、良すぎると言うべきか。
「オーギュスト新侯爵が、我らの弔問を断った。そして、その直後に、この石炭鉱脈の発見……。偶然にしては、あまりに出来すぎておる」
宰相の呻くような声。リアン君も難しい顔で腕を組んでいる。
「この石炭は、帝国の未来にとって、絶対に必要だ。だが、下手に動けばオーギュスト侯爵を刺激し、最悪の場合、新たな内乱の火種になりかねない……」
「どうしたものか……」
僕は悩んだ末に、一つの結論にたどり着いた。
「……僕が直接行って、話をしてくるよ」
僕がそう言うと、リアン皇帝陛下と宰相が、同時に勢いよく立ち上がった。
「だめだライル殿! そなたは帝国の切り札! 万が一、そなたの身に何かあったら、朕は……ううん、この国はどうなると思っているんだ!」
皇帝陛下が僕の肩をつかむ。
「しかし今回の件、石炭は欲しいですぞ。少なくとも売ってもらえるようにせねば」
宰相も、厳しい顔で首を横に振る。
僕は、うーんと少しだけ考え込んだ。そして、いつものように、ふと思いついたことをそのまま口にした。
「いるよ! この場合は少し相手にナメられるくらいの人がいいと思うんだ。フェリクスなんてどうだろう?」
僕の提案に、リアン陛下と宰相がきょとんとした顔で僕を見る。
「僕や陛下が行くと、相手も構えちゃうでしょ? でも、まだ若いフェリクスなら、オーギュスト侯爵も油断して、本音を見せるかもしれないじゃないか。それに、フェリクスは、ランベール侯爵の、正真正銘の孫なんだ。血の繋がりは、どんな外交官よりも、強い武器になるはずだよ」
僕の、単純だが、本質を突いた言葉。
リアン皇帝陛下とオルデンブルク宰相は、顔を見合わせ、やがて深く頷いた。
「……わかった。ライル殿の言う通りだ。フェリクス君なら、適任かもしれない」
こうして、帝国の未来を左右するかもしれない、あまりに重い任務が、何も知らない、僕の息子の肩に、託されることになった。
白亜の館で、のんびりしているであろうフェリクスを呼びに、一人の伝令が駆けていった。
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