第193話 不夜城ハーグと新年のパーティー
【フェリクス視点】
『アヴァロン帝国歴175年 12月20日 夜 ハーグ駅』
列車がハーグの駅へと滑り込むと、窓の外に広がる光景に、僕は思わず息をのんだ。
わずか半年離れていただけなのに、僕の故郷は、まるで知らない街のように、その姿を変えていた。
夜の闇を切り裂くように、街のあちこちに、柔らかな光を放つ電灯が灯っている。それはまるで、地上に降りてきた、もう一つの星空のようだった。まさしく不夜城。父さんたちが進めていた公共工事が、ここまで進んでいたとは。
白亜の館へ着くと、温かい光と、家族の笑顔が僕を迎えてくれた。
「おかえりなさい、フェリクス」
まず声をかけてくれたのはヴァレリア母さんだった。
「フェリクスおかえりなさい!」
次にライル父さんが声をかけてくれる。
その中心で、僕の目を釘付けにしたのは、一人の少女だった。
鮮やかな赤いドレスに身を包み、少しだけはにかみながら、しかし、背筋をぴんと伸ばして、僕に微笑みかける。
「フェリクス様、おかえりなさいませ」
ノーラちゃんだった。村で会った頃の、泥んこのおてんば娘の面影は、もうどこにもない。まるで、物語に出てくるお姫様みたいに、綺麗だった。
その夜、食卓には、ハーグ流の新年のご馳走である、ハーグ黒豚の丸焼きが、どんと鎮座していた。家族みんなで、この一年を労い、新しい年の訪れを祝う。この温かい時間が、僕にとっては、何よりの褒美だった。
残った黒豚は使用人たちの御馳走になるため、食べすぎずにほどほどにするのが、慣例だった。
それから十日ほどは、好きな本を読んだり、射撃の訓練をしてのんびり過ごした。
「わ、わわわわ、私、銃とか怖いです!」
軍の射撃場に見学に来たノーラちゃんが銃に怯えていたが、僕が撃った弾が的に当たると、黄色い歓声をあげてくれた。
最近のノーラちゃんのお気に入りだという。紙袋いっぱいのポテトを、ふたりでつまみながら歩いた。塩気と油の匂いが、冬の空気の中で、やけにやさしかった。
『アヴァロン帝国歴176年 1月1日 夜 帝都ハーグ皇宮』
そして、新年。リアン皇帝陛下が主催する、新年を祝うパーティーが、ハーグの新しい皇宮で、盛大に開かれた。
僕も、もちろん参加したが、父さんの計らいで、ノーラちゃんも、初めてこういう場に招待されることになった。
「おっ、おおおおお、オラ、皇帝陛下とか、怖いだ!」
きらびやかな大広間と、着飾った貴族たちの姿に気圧されたのだろう。最近、すっかり身についたはずのレディとしての言葉遣いが崩れて、彼女の口から、懐かしい村の言葉が飛び出した。その、あまりの可愛らしさに、僕はつい笑ってしまった。
パーティーは、例年通り、実に奇妙な形で始まった。
玉座の横には、豪華なバーカウンターが特設され、その内側では、この国の皇帝であるリアン様と、僕の父さんであるライル副宰相が、お揃いの白い上着を羽織って、楽しそうにシェイカーを振っている。
僕も、母さんや兄さんと一緒に、その輪に加わった。
しばらくして、リアン皇帝が、そっと僕と父さんを手招きした。カウンターの隅で、彼は少しだけ真剣な顔で、一つの問題を僕たちに突きつけてきた。
「いやー、参ったよ。発電所もっと作りたいのに、石炭が足りなくってさ。列車でも大量に石炭を使うし、どうしたものかと。オルデンブルク宰相も頭を悩ませているんだ」
父さんは、うーん、と少しだけ考えると、実に単純明快な答えを出した。
「そっかあ。じゃあ、新しい炭鉱を探しましょう!」
こうして、帝国の新しい年の、最初の重要案件が、バーカウンターの隅で、あっさりと決まってしまった。
パーティーが終わり、館へと戻る馬車の中で、僕は、この国の、そして僕自身の未来について、ぼんやりと考えていた。
父さんが新しい道を切り拓き、僕たちがその道を、さらに広く強くしていく。その、当たり前の未来を、僕は信じて疑わなかった。
『アヴァロン帝国歴176年 1月2日 朝 白亜の館』
その、あまりに突然の凶報が、僕たちの元へ届いたのは、次の日の朝のことだった。
一人の伝令兵が、喪章を表す黒い腕章をつけて、息を切らしながら、館へと駆け込んできた。
「も、申し上げます! 南方の、ランベール侯爵領より、緊急の報せにございます!」
伝令兵はヴァレリア母さんに、最近開発された電文を渡す。
その言葉に、母さんの顔から、さっと血の気が引いた。
「ランベール侯爵閣下が……我が父が、昨夜、長年患っておられた病により、安らかに、息を引き取った……と、書いてある……」
母さんの、震える声。
僕の、優しくて、厳格だった、おじい様が……。
新年を祝う、華やかなパーティーの熱気が残る館の中で。僕たちの家族の、そして帝国の、一つの大きな光が静かに消えた。
窓の外では、冬の冷たい風が、まるで、偉大な騎士の死を悼むかのように、悲しい音を立てて、吹き抜けていった。
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