第189話 ええっ! スースって完全に治外法権なんですけど!? 支配しているのは闇ギルドだった件 列車でたった30分の距離なのになんじゃこりゃ?
【フェリクス視点】
『アヴァロン帝国歴175年 6月7日 昼 スース駅ホーム』
ハーグの駅から、たった三十分。列車がゆっくりと速度を落とし、スースの駅のホームへと滑り込んだ。窓の外の景色は、ハーグ郊外ののどかな田園風景と、ほとんど変わらない。なのに、駅に降り立った瞬間、僕は、自分が全く別の国に来てしまったのではないかと、本気で思った。
駅の壁という壁に、けばけばしいピンク色のチラシが、所狭しと貼られているのだ。そこには、肌をたくさん見せた女の人の、なんだかすごい絵が描いてある。
「これは……娼館の、チラシかな? うわっ、『泡天国』……? こっちには『ハーグ娘と夢のひととき』……すっごいなこれ!」
僕は、貴族として受けてきた教育とはあまりにかけ離れたその光景に、顔が熱くなるのを感じながらも、つい、その扇情的な文字を一つ一つ読んでしまった。
駅の、ちゃんとした案内表示板も、なんだかおかしかった。
【娼館通り】はこちら。
【カジノ通り】はこちら。
【バー通り】はこちら。
(う~ん、これは……かなり特殊な発展を遂げてしまった街だなあ……)
そういえば、父さんや母さんからは、一度もスースへ連れてきてもらったことがなかった。なるほど、つまりは、そういうことなのだ。子供の教育に、すこぶる悪い街。
(これは、ノーラちゃんにも、少し刺激が強すぎるかもしれないなあ……)
娼館やカジノに、僕のような真面目な皇太子が用はない。まずは、総督として、この街の役所がどこにあるのかを探さなければ。
僕は、この中では一番まともそうに見えた、【バー通り】と書かれた出口から、スースの街へと足を踏み入れてみた。
街並みは、思ったよりも綺麗だった。道は石畳で舗装されているし、ゴミも落ちていない。だけど、どこか、空気がよどんでいる気がした。
昼間だというのに、道の端では、酔っ払いが壁に向かって、堂々と用を足している。
つーっと流れてくる、その怪しげな液体を、僕は眉をひそめながら、ぴょんと飛び越えて進んだ。
(うーん、やっぱりよく分からない。どこか店に入って、道を聞いてみよう)
僕は、一番マトモそうな看板を掲げていた、『にごりワイン亭』という店の、古びた木の扉を押した。
店の中に足を踏み入れると、安物のワインの酸っぱい匂いと、タバコの煙たい匂いが、むわっと鼻をついた。
カウンターの席について、赤ワインとビーフジャーキーを頼む。少しだけワインに口をつけたところで、銅貨を数枚カウンターに置き、無愛想な店のマスターに話しかけた。
「ねえ、マスター。この街の役所って、どこにあるか知らないかな?」
マスターは、汚れた布でグラスを拭きながら、僕の顔をじろりと一瞥した。
「ああ? そんなもん、娼館通りに決まってるじゃねえか。一番奥だよ」
よりによって、今一番用事のない、行きたくない場所だった。
僕は、ため息をつきながら、娼館通りへと向かった。そこは、昼間だというのに、奇妙な熱気に満ちていた。通りの両脇には、大きなガラス張りの部屋がずらりと並び、その中では、下着姿や、ほとんど裸に近い格好の女性たちが、体をくねくねとさせながら、道行く男たちに、妖艶な笑みを向けている。
通りを歩く男たちは、皆、どこか前かがみで、その目をいやらしく光らせていた。
(……いけない、いけない)
なんだか、僕まで、少しだけ前かがみになってしまっていることに気づいて、慌てて背筋を伸ばした。
やっとの思いで、通りの一番奥にたどり着くと、そこには、ぽつんと、一つの建物が建っていた。
(ボロい……。スースで、一番ボロい建物じゃないか、これ?)
壁の塗装は剥がれ落ち、窓ガラスも、いつから拭いていないのか、汚れが染みついて、中の様子が全く見えない。これが、この街の役所だというのか。
僕が、恐る恐るその扉を開けて中に入ると、中は真っ暗で、かび臭い匂いがした。
その、闇の中から、声が聞こえた。
低く、どこまでも響く、謎の男の声。
「……役所に用事があるとは。お前、スースの者ではないな?」
「ひっひいいいっ!」
僕は、思わず腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。
助けを求めようと、後ろを振り返る。だが、そこには誰もいなかった。さっきまで、僕の後ろに控えていたはずの、屈強な護衛たちの姿が、いつの間にか、跡形もなく、消えていた……。
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