第186話 新聞 ええっ、オラたちって有名人だべか!? フェリクス兄ちゃん逃げるだよ!
【ノーラ視点】
『アヴァロン帝国歴175年 3月6日 朝食 晴れ』
白亜の館での朝食は、いつも太陽の光みたいに温かい。
今日のスープには、お庭で採れたばかりの甘いニンジンが入っている。オラは……ううん、私は、その優しい味をスプーンですくいながら、向かいに座る三人の顔をこっそり盗み見た。
私の新しいお父さんになった、ライル父さん。私の新しいお母さんになった、ヴァレリア母さん。そして、私の新しいお兄ちゃんになった、フェリクス兄ちゃん。みんな、本当の家族みたいに、オラに優しくしてくれる。
(心の中では、まだ「オラ」って言っちゃうだ。早く、「私」って言うのに、慣れないと……)
そんなことを考えていると、ライル父さんが、にこにことした顔で言った。
「ねえフェリクス。ノーラちゃんに、アイスを食べさせてあげたらどうだい?」
「えっ? ああ、あの最近研究所で完成したっていう、電気で冷やすお菓子のことですか?」
「そうそう。アシュレイたちが、すごく美味しいって自慢していたよ」
その言葉に、ヴァレリア母さんも、静かに頷いた。
「そうですね。フェリクス、あなたもちょうど三か月、公務がなくて暇なのですから、ノーラちゃんにハーグの街でも案内してあげなさい」
「アイス……? それ、なんだべ?」
オラが思わず尋ねると、フェリクス兄ちゃんは、ふふっ、と楽しそうに笑った。
「食べれば分かるさ。よし、行こうか、ノーラちゃん」
それから二人で外に出たものの、ハーグの街はなんだか騒がしく、新聞を売る子供たちの声が、やけに大きい。そして大人たちが、みんなその新聞を、食い入るように読んでいる。
「何事だべか……?」
オラが首を傾げていると、フェリクス兄ちゃんが「ちょっと待ってて」と言って、その新聞を一部買ってきた。そして、紙面を広げた瞬間、彼の顔が、さっと青ざめた。
「ど、どうしたの、兄ちゃん?」
オラも、その新聞を覗き込む。
そこには、一枚の写真が、でかでかと載っていた。少し遠くから撮ったみたいで、ぼやけてはいるけれど、写っているのは、間違いなく、ハーグの駅に着いたばかりの、オラとフェリクス兄ちゃんだった。そして、その写真の上には、血みたいな、真っ赤な大きな文字が、踊っていた。
『スクープ! ヴィンターグリュンの皇太子、人身売買の罪で謹慎!? 辺境の村から少女を金で買う!』
「と、遠くから撮った写真みたいだから分かりにくいけど……これ、僕たちだよ! 駅に居たときに、撮られたんだ……!」
フェリクス兄ちゃんの声が、震えている。周りの人たちが、こっちを見て、ひそひそと何かを話しているのが、肌で感じられた。
「どどどど、どうするべ!」
オラの頭は、真っ白になった。オラのせいで、フェリクス兄ちゃんが、もっと、もっと悪いことになっちゃう!
オラが、パニックになって、その場で泣き出しそうになった、その時だった。
すぐそばの路地の影から、黒い影が、すっと、音もなく現れた。
「お二人とも、こちらへ」
それは、いつもライル父さんのそばにいる、ユーディルっていう、影みたいな人だった。
「あっ、あなたはっ!? ……ノーラちゃん、こっちだ!」
フェリクス兄ちゃんは、一瞬だけ警戒したけど、すぐにオラの手を掴んで、ユーディルさんの後について、走り出した。
迷路みたいに狭くて、薄暗い路地裏を抜けて、オラたちは、一つの古びた酒場みたいな所の前にたどり着いた。
「ようこそ。表の世界に居られない者たちの、ささやかな憩いの場、『闇バー』へ……」
ユーディルさんが、静かに扉を開ける。
中に入ると、タバコと、安くて強いお酒の匂いが、むわっと鼻をついた。薄暗い店内では、いかつい顔をした常連らしいお客さんたちが、オラたちのことを見て、にやにやと冷やかしてくる。
「へっへっへ、兄ちゃんたち、やらかしたらしいな!」
「おうよ、国王の息子にしておくのがもったいねえくらいの、悪党顔だぜ!」
「おお、こいつらが今ウワサの二人か!」
オラは、怖くて、フェリクス兄ちゃんの服の裾を、ぎゅっと握りしめた。
ユーディルさんに勧められるまま、オラたちはカウンターの席に座る。すると、目の前に、白い、お団子みたいなものが二つ、ガラスの器に入って出てきた。
「なんだか、冷たい……」
指で触ると、ひんやりとしている。でも、暖房が効いて少し暑いくらいの店の中では、その冷たさが、なんだかすごく魅力的に見えた。
「これが、アイスだよ。うん、おいしい」
フェリクス兄ちゃんが、一口食べて、少しだけ、ほっとしたように笑った。
「それじゃ、オラも、いただくべ……」
おそるおそる、スプーンですくって、口に運ぶ。
「はうぅ~んっ!」
(なんだべ、これ!? 甘くて、冷たくて、口の中に入れると、ふわあって、溶けてなくなっちゃう! ほっぺが落ちるって、こういうことだべか!?)
その、生まれて初めての美味しさに、オラは、さっきまでの怖い気持ちも、不安な気持ちも、全部、忘れちゃっていた。
それから、ユーディルさんに、「今夜は、館へは帰らない方がよろしいでしょう」と言われて、オラたちは、このお店の二階にある、宿屋の一室を借りることになった。
ギシギシと鳴る廊下を上がり、すこしホコリっぽいドアを開ける。
だけど、案内されたその部屋には、ベッドが一つしかなかった……。
オラは、思わず『ゴクリ』とつばを飲み込んだ。
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