第182話 オラが村にも列車が来ただ! ~出会い~
【とある村の女の子ノーラ視点】
『アヴァロン帝国歴175年 2月14日 昼 晴れ』
これは、オラがまだ、ただの村娘だった頃の話。
オラの村にも、ついに鉄の道がやってきた!
初めて黒い煙を吐く鉄の馬車が、大きな音を立てて村の駅に滑り込んできた日、村中の大人も子供も、みんなで手を振って大騒ぎしたんだ。
その日から、列車はオラの、一番の友達になった。
毎日、毎日、丘の上から、遠くの街へと走っていく列車の姿を眺めるのが、オラの日課になった。ガタン、ゴトン……。あの、規則正しくて、力強い音が、オラは大好きだった。
ところが春を前にしたある日、オラは、いつもの音と、何かが違うことに気が付いた。
なんだろう……。いつもより、少しだけ甲高いような、どこか苦しそうな音が混じっている気がする。
オラは、すぐに駅にいる駅員のおじさんのところへ、駆け込んでいった。
「おじちゃん! 列車の音が、なんだかおかしいよ!」
「ん? ああ、ノーラちゃんか」
駅員のおじさんは、オラの頭を優しく撫でて、にこりと笑った。
「すごいねえ、ノーラちゃんは。昨日、車輪を新しいのに取り換えたんだけど、それに気づくなんて、本当に列車が好きなんだな。偉い、偉い」
そう言われるだけだった。
他の大人たちに言っても、みんな同じような反応だった。子供の気のせいだって、誰も、本気で聞いてはくれない。
(……違うのに。絶対、おかしいのに……)
オラは、悔しくて、唇をきつく噛み締めた。
そんな日が、何日か続いたある日のこと。
いつものように、丘の上で列車を眺めていたオラの隣に、ふらりと、一人の青年がやってきた。少し良い服を着ていて、その顔は、なんだか、すごく優しそうだった。
「こんにちは。君も、列車が好きなのかい?」
その声に、オラは、なぜか、この人なら信じてくれるかもしれない、と思ったんだ。
「オラ、列車の音がおかしいのに気づいた!」
オラがそう言うと、青年は、驚いたように目を見開いた。そして、馬鹿にしたり、笑ったりしないで、オラの前にしゃがみ込むと、まっすぐに、オラの目を見てくれた。
「どこが、おかしいと思ったんだい?」
「おかしいのは、車輪じゃないの!」
オラが必死に言うと、青年は、少しだけ考えて、静かに頷いた。
「駅員さんから、車輪を付け替えたとは聞いたけど……。君は、それとは違う音がする、って言うんだね」
「うん! ちがうの、車輪じゃないの!」
青年は、オラの真剣な瞳をじっと見つめ返すと、やがて、にこりと、優しく微笑んだ。
「わかった。君の言うことを、信じるよ。僕と一緒に、駅へ行こう」
それから、本当に、列車の詳しい点検が行われた。
駅員のおじちゃんたちは、最初こそ「坊ちゃんが、また子供の戯言を……」なんて顔をしていたけど、点検をしていた整備士の人が、血相を変えて叫んだんだ。
「こ、これだ! 車軸の部品が、上下逆に取り付けられている! このまま走っていたら、大事故になっていたぞ!」
その言葉に、大人たちは、みんな真っ青になって、今度は、驚いた顔でオラのことを見ていた。
大急ぎで、部品の交換が行われた。
しばらくして、駅のホームに、いつもの、あの元気で、力強い音が戻ってきた。
(……よかった)
オラが、ほっと胸をなでおろしていると、さっきの青年が、オラの隣にやってきた。
「君のおかげだ。ありがとう。僕の名前はフェリクス。また、この村に来るよ」
彼はそう言うと、少しだけ考えて、実に楽しそうに、にっと笑った。
「そうだ、君、ハーグの学校に通ってみないかい? 君のその耳と、物事を注意深く見る目は、きっと、たくさんの人の役に立つはずだ。……ああ、まだ君の名前を聞いていなかったね」
オラは、胸を張って、元気いっぱいに答えた。
「オラ、ノーラ!」
こうして、オラは、ハーグの学校に通うことになった。
ハーグ。その名前だけは、オラも、前から知っていた。
だって、大好きな列車に、いつもそう、書いてあったから。
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