第181話 玉座の隣にある、当たり前の奇跡 新時代だなぁ!
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴175年 1月1日 夜 快晴』
帝都ハーグの新しい皇宮。その最も壮麗な大広間は、新年を祝う、まばゆい光と人々の熱気に満ちていた。
磨き上げられた大理石の床、天井からは巨大な水晶のシャンデリアが輝き、壁にはヴィンターグリュン王国の青地に金色のグリフィンが描かれた旗が、帝国の黄金の竜の旗と並んで、誇らしげに掲げられている。
(うわあ……。僕の城だった場所が、こんなにピカピカになっちゃって……)
僕は、少しだけ落ち着かない気分で、その光景を眺めていた。今日の主役は、僕じゃない。僕の後ろで、緊張に顔をこわばらせながらも、まっすぐに前を見据えている一人の少年。僕の愛する息子、フェリクスだ。
「……父さん。僕、大丈夫かな」
「大丈夫、大丈夫。リアン皇帝も、きっと喜んでくれるよ」
僕がその小さな背中をぽんと叩くと、フェリクスはこくりと頷き、決意を固めたように、玉座の前へと進み出た。
玉座には、この帝国の若き支配者、リアン一世陛下が、少しだけ退屈そうに、しかし確かな威厳をたたえて座っている。
フェリクスは、玉座の前で、流れるような完璧な所作でひざまずいた。その姿は、母親であるヴァレリアの、若い頃にそっくりだった。
「リアン一世陛下に、申し上げます」
まだあどけなさは残るが、その声は、はっきりと大広間の隅々まで響き渡った。
「このフェリクス・フォン・ハーグ、本日をもって十五歳となりました。これよりは、ヴィンターグリュン王国の皇太子として、そして帝国の次期侯爵として、父ライル・フォン・ハーグの名に恥じぬよう、帝国の、そして王国の発展に、この身命を賭して尽くすことを、ここに固く誓います」
その、あまりに立派な挨拶。
僕は、ただ胸がいっぱいになって、息子の成長を、そしてその隣で誇らしげに涙を浮かべているヴァレリアの横顔を、じっと見つめていた。
リアン君は、玉座の上で、にこりと実に嬉しそうに笑った。
「うむ! フェリクスよ、その誓い、確かに聞き届けたぞ!」
彼はすっと立ち上がると、フェリクスの前まで歩み寄り、その肩に優しく手を置いた。
「朕の父ユリアンも、きっと喜んでおるだろう。ライルさんの息子で、ヴァレリアさんの息子でもある君が、この国の未来を担ってくれるのなら、朕は何も心配することはないな。これからの活躍、期待しているぞ!」
その言葉と共に、広間は割れんばかりの拍手に包まれた。ランベール侯爵やヴェネディクト侯爵、そして、かつては敵対した東方諸侯たちまでもが、帝国の盤石な未来を確信し、心からの賛辞を送ってくれていた。
公式な儀式が終わり、パーティーが和やかな雰囲気へと移った、その時だった。
リアン君が、悪戯っぽい笑みを浮かべて、僕の腕を掴んだ。
「さあ、ライルさん! ここからは、僕たちの出番だ!」
彼に引っ張られて連れてこられたのは、広間の隅に特設された、豪華なバーカウンターだった。僕とリアン君は、お揃いの白い上着を羽織ると、カウンターの内側に並んで立つ。
「「ようこそ! 【バー】ライル&リアンへ!」」
僕たちが声を揃えると、会場から、どっと笑い声が上がった。
カウンターの前には、僕の愛する妻たちが、期待に満ちた顔でずらりと並んでいる。
「ライル! 私には、いつものバーボンをロックでお願いするっス!」
「陛下、私は、南方の果実をたっぷり使った、甘いカクテルをいただきたいですわ」
アシュレイとヴァレリアの注文に、僕とリアン君は顔を見合わせて、にやりと笑う。
「「お任せを!」」
シャカシャカシャカシャカ!
二つのシェイカーが軽快なリズムを刻み、美しい弧を描く。色とりどりのリキュールがグラスの中で混ざり合い、魔法のようにきらきらと輝く一杯へと、姿を変えていく。
レオとフェリクスが、目を輝かせてその光景に見入っている。他の貴族たちも、友人たちも、皆笑顔で僕たちの即席カクテルショーを楽しんでくれていた。
(……そっかあ)
僕は、このあまりに幸せな光景を、目に焼き付けた。
僕の人生は、確かに、たった一本の槍を投げたことから始まった、偶然の連続だったかもしれない。でも、今この場所にある、この温かくてかけがえのない日常は、僕が、僕たちみんなで、必死に守り、作り上げてきた、確かな『奇跡』なんだ。
「はい、お待たせ! 僕たちの友情の証だよ!」
僕は、出来上がったカクテルを、カウンターの向こうにいる愛する人たちへと、最高の笑顔で差し出した。
僕の成り上がり英雄譚は、きっと今日で終わり。
ここからは、この玉座の隣にある、当たり前で、そしてかけがえのない奇跡の毎日を、ただ大切に生きていくだけだ。
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