第18話 ポテトとコーン? 植えればいいんじゃないかな?
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴157年 6月25日 昼 快晴』
帝都からハーグへと帰還した僕は、早速、仲間たちを執務室に集めた。そして、皇帝陛下から下賜された、あの奇妙な作物をテーブルの上に広げてみせた。
「これが、皇帝陛下からいただいた『ポテト』と『コーン』だよ。なんでも、痩せた土地でもたくさん育つ、すごい作物らしいんだ」
ゴツゴツした茶色い塊と、黄金色に輝く粒がぎっしり詰まった穂。仲間たちは、初めて見るその不思議な植物を、興味深そうに眺めている。
「これが新大陸の作物……! 生態系が我々の知る植物とはまったく違う可能性がありますね! 興味深い!」
アシュレイが、片眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせている。
「……これで北方の食糧事情が改善されれば、人心はさらにライル様に傾くでしょうな。皇帝陛下も、恐ろしい手を打ってこられる」
ユーディルが、冷静にその政治的価値を分析する。
「というわけで、さっそくこれを育ててみたいんだけど……誰か、農業に詳しい人っていないかな?」
僕がそう問いかけると、部屋の隅で黙っていた一人の男が、おずおずと前に進み出た。彼は、ハーグに集まってきた者たちの一人で、いつも無口で土の匂いがする、少し年かさの男だった。
「……もし、よろしければ、私に」
彼が、僕が広げた皇帝直筆の「育て方の秘伝書」を手に取った瞬間、その目の色が変わった。これまで見たこともないような、真剣で、熱のこもった光を宿していた。
「ゲオルグ、と申します。故郷の村で、少しばかり畑仕事をしておりました」
ゲオルグと名乗ったその男は、まさに水を得た魚のようだった。彼は秘伝書を読み解き、ハーグ周辺の土地を自らの足で歩き、土を指で確かめ、日当たりや水はけを調べ上げた。そして、数日後、僕たちの前に一枚の地図を広げてみせた。
「ライル様。この『ポテト』なる作物は、水はけの良い丘陵地帯を好むようです。こちらの斜面を開墾いたしましょう。そして、『コーン』は豊かな水と太陽を要します。川沿いの、この平地が最適かと」
その的確な指示と、土に触れる時の愛情深い眼差しに、僕たちは皆、驚き、そして彼への信頼を深めていった。
ゲオルグの指揮のもと、ハーグの民を総出での開墾作業が始まった。手の空いている傭兵たちも、斧を鍬に持ち替え、楽しげに土を掘り返している。
ポテトの植え付けは、奇妙な光景だった。種を蒔くのではなく、芋そのものを切り分け、土の中に埋めていく。住民たちは「本当に、これで芽が出るのかねえ」と半信半疑だったが、ゲオルグの自信に満ちた顔を見て、黙々と作業を続けていた。
僕も、農民だった頃を思い出しながら、夢中で土にまみれた。その姿を見て、住民たちが少しだけ親しげな笑みを向けてくれるのが、なんだか嬉しかった。隣では、ヒルデも慣れない手つきで、懸命に土を掘っている。
やがて、僕たちの努力は、確かな形で報われた。
数週間後、ポテトを植えた畑から、力強い緑の芽が一斉に顔を出したのだ。そして、川沿いの畑では、黄金色の粒から生まれた苗が、天に向かってぐんぐん伸びていく。
「おお……! 本当に出てきたぞ!」
「見てみろ、あんなに大きくなっとる!」
日に日に育っていく未知の作物を、住民たちは驚きと、そして確かな期待の目で見守っていた。
「ライル様。この『ポテト』は、『大地のリンゴ』とも呼ばれているそうです。一つの芋から、十倍、二十倍もの芋が収穫できるとか」
ゲオルグが、作物の葉についた虫を丁寧に取り除きながら、僕に教えてくれた。
「そして、この『コーン』は、太陽の光を何よりも好みます。この黄金色は、まさに太陽の恵みの色。粉にしてパンにすれば、麦とはまた違った、甘く香ばしいパンが焼けるでしょう」
夏の太陽を浴びて、畑一面に緑の葉が広がり、風にそよぐその光景は、僕の心を不思議と満たしてくれた。
(武器やお金だけじゃない。みんなのお腹をいっぱいにすること。それも、王様の……ううん、僕の大事な仕事なんだな)
僕は、自分の領地に、自分の手で、確かな希望の種を蒔いたのだ。その実感が、じわりと胸に広がっていく。
「見事な畑ですね、閣下」
いつの間にか隣に来ていたヴァレリアが、どこか穏やかな表情で呟いた。
収穫の秋は、もうすぐそこまで来ていた。黄金色の実りと、大地のリンゴがもたらす未来を、ハーグの誰もが夢見ていた。
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