第178話 大砲の裁きと、世界の道【東方見聞録編 閉幕】
【マルコ・フォン・ブラント視点】
『アヴァロン帝国歴174年 12月15日 ゼナラ王国 首都サファリダ沖』
再び、この不吉な、甘い香りがする海へと戻ってきた。
だが、今、私の心に、迷いも不審もひとかけらもなかった。あるのは、ただ、我が主君の怒りを、この手で代行するという、騎士にも似た、静かで、しかし熱い使命感だけだ。
私が指揮する、ヴィンターグリュン王国東方艦隊十隻は、首都サファリダの港を、完全に封鎖していた。
私は、旗艦である高速戦艦ライル一世の甲板から、降伏を勧告する使者を、小舟で送った。だが、ゼナラ王国の返答は、傲慢で、そして愚かだった。
「笑わせるな! 我らは自由交易をおこなっているだけだ! たかが北の蛮族ごときに、我らが膝を屈するとでも思うか!」
その言葉が、最後の引き金となった。
私は、静かに、右手を振り下ろした。
「――全艦、砲撃、開始。目標、敵軍港およびゼナラ王宮。市街地には当てるなよ?」
次の瞬間。十隻の軍艦から、アシュレイ工廠が誇る、最新式の艦砲が、一斉に火を噴いた。
ドゴーン!
ドゴーン!
ドゴーン!
凄まじい轟音と共に、鉄の弾丸が、唸りを上げて、サファリダの軍港へと殺到する。
軍港に停泊していた敵の木製軍艦が、木っ端微塵に吹き飛ぶ。宮殿が、まるで砂の城のように、いとも容易く、崩れ落ちていく。
やがて、敵も、自慢の港湾砲台から、反撃の砲撃を開始した。
だが。
「……届かんぞ」
誰かが、ぽつりと呟いた。
そうだ。届かないのだ。
彼らが、数年前に、どこかの国から買い付けた、旧式の大砲。その射程は、我らが誇る、鋼鉄製の艦砲の、半分にも満たない。
彼らは、ただ、自分たちの港が、一方的に破壊されていくのを、なすすべもなく、見ていることしかできなかった。
それは、もはや戦闘ではなかった。ただの、一方的な『裁き』。
砲撃開始から、わずか数時間後。ゴアの港からは、白旗が力なく掲げられた。
数日後。私はゼナラ王国の、震える国王の前に降伏文書を突きつけていた。
まず、今回の戦費と賠償金の請求。さらに、二つの条件を、提示した。
一つ、国内における、全てのルフェンを焼き払い、その製造と輸出を、永久に禁ずること。
そして、もう一つ。
「この、近くに浮かぶ島。これを、我がヴィンターグリュン王国に、永久に、割譲していただこう」
その島は、やがて『マルコズ・ポート』と名付けられ、東方交易の、新たな拠点となる。
戦いが終わった後、私は、再び、大暁帝国へと向かった。
私たちの勝利と、ルフェン貿易の終焉を告げると、堯暦帝は、涙を流して、私の手を取った。
「おお……! マルコ殿! ライル王! この御恩は、生涯、忘れませぬぞ!」
そして、彼は、感謝の印として、自国の、最も重要な港の一つである、『月港』の、永久使用権を、我らヴィンターグリュン王国に、与えてくれた。
全ての任務を終え、私は自室で一枚の世界地図を広げていた。
アヴァロン帝国西のフィオラヴァンテから、新大陸のアカツキの都へ。そして、この東の、月港とマルコズ・ポートへ。
点と点が、一本の線で結ばれた。
それは、私が夢見た、世界の果てへと続く道。
そして、我が主君、ライル・フォン・ハーグが、そのお人好しな笑顔と、時折見せる激しい怒りで、世界の海上ルートそのものを、手に入れてしまった証でもあった。
私は完成した世界地図を、満足げに、そして誇らしげに眺めていた。
ヴィンターグリュンの本当の冒険は、まだ、始まったばかりなのかもしれない。
(いや、海上覇権握ってしまったら、実質、世界征服なんじゃ……?)
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